Run Away if you can
射程圏内、カウント10.9.8..... 百発百中のスナイパーキムドンヒョンは引き金にゆっくりと指をかけ、呼吸を整えた。同時刻、アジトのモニタールームで天才ハッカーホンジュチャンはスティックキャンディーを転がしながらキーボードをカチャカチャ叩いていた。意図せず飛び出したエラーの赤い文字に異変を察知して、ジュチャンが無線越しに叫んだときにはもう遅かった。 「ドンヒョナーーーーーー!」 スコープ内の人物は影武者で、標的本人と部下数名がドンヒョンの背後をついた。上手く避けはしたが、イヤフォンマイクは床に落ち、敵の一人に踏み潰されてしまった。 ブチッ お願いだ、間に合ってくれ。ドンヒョナ、死ぬな。お前なら大丈夫だよな? ドンヒョンとの通信が途絶え、ジュチャンは必死に一番近くにいる仲間に応援要請を送りながら祈った。 屋上ではドンヒョンと標的たち接近戦が始まった。 あぁ、もう。血がつくのが嫌だからスナイパーになったのに、闘う羽目になるなんてついてない!! 心の中ではそんな文句を言いつつも、チャンジュンに叩き込まれた体術はちゃんと染み付いていて、数人相手にしては善戦していた。次々と放たれる弾を屈んだり飛んだりと避けつつ足技を繰り出し、奪った拳銃で一人二人と戦闘不能にしていく。それでもやはりドンヒョン一人では限界があった。催涙ガス弾で視界を奪われ、一瞬で形勢が逆転していた。両手を後ろで掴まれ俯せにされ、床に強く頭を打ちつけられた。 ―やられる ドンヒョンがそう覚悟した時、誰かが名前を呼んだ。遠のく意識のなかで長身のシルエットだけがぼんやりと見えた。
「ヒョン!!」
ドンヒョンが目を覚ますと、まず見慣れない洋館の天井が、次に無駄に整った男の顔が映り込んできた。 「ヒョン、大丈夫ですか?」 「誰ですか?それに・・・その呼び方は何ですか?」 心配した顔でそう言った男に、ドンヒョンは全く見覚えがなかった。 「ヒョン、俺のこと覚えてないんですか?リュボミンって言っても?」 「リュボミン?一度会った人は忘れないので・・・人違いだと思いますよ。それより、ここはどこですか?」 「おかしいですね・・・。チェボミンなら分かりますか?ここは俺の部屋ですけど」 「チェボミンってチェファミリーの?ってことは俺、人質か何か?」 リーファミリーとは古くから確執のあるチェファミリー。その若頭がチェボミンである。今回の任務にチェファミリーが関わっているという情報はスパイとして潜入しているチャンジュンからはなかった。他の組織まで利用したボミンが一枚も二枚も上手だったのだ。つまりはボミンがドンヒョンを手に入れるための計画の一部で、屋上にタイミング良く駆けつけて救出したのは、こうやってアジトに連れ去るためであった。 「人質じゃないですよ~。ただ俺がヒョンが欲しかったんです」 「俺のことは知ってて連れてきたってことですよね?」 「もちろん。リーファミリーの天才スナイパー、キムドンヒョン。それから・・・高校の先輩」 「高校・・・?」 「俺のことだけ記憶から抜け落ちてるって話、本当だったんですね。悲しいなあ」 いきなりシャツのボタンを全て外し、露わになったボミンの脇腹には痛々しい縫跡があった。 「ヒョンがつけた傷ですよ」 「俺が・・・?そんなわけ・・・うっ」 ズキッ 割れるように痛みだした頭と、荒くなる呼吸。 忘れてる人が居るなんて誰も教えてくれなかったのに。チェボミンだから黙ってたのか・・・?傷って何・・・?
***
リーファミリーの幹部は皆、孤児院で共に育ち、英才教育を施されている。99年生まれの4人のうち、ほぼ同時に引き取られたドンヒョンとジュチャンは特に本当の兄弟のように仲が良かった。ドンヒョンに想いを寄せているジュチャンにとってそれは足枷に他ならなかったが、幼馴染かつ同僚のポジションに甘んじるしかなかった。昔からふざけて冗談交じりに「好き」と言ってはいやがられ、本気の告白はさせてもらえなかったのだ。 二人の通う高校に一年遅く入学してきたのがチェボミン・・・もといリュボミンであった。生まれたときから命を狙われる立場のため存在が隠され、別の家の子として育てられていたのだった。 そのルックスとスペックからすぐに注目の的となったボミンに、例に漏れずドンヒョンも一目惚れをした。ドストライクだった。 接点が出来たのは半年後、生徒会が新体制になってからのことだった。生真面目さを買われ会計に就任したドンヒョンの下で会計補佐として働くことになったのがボミンだった。見ているだけで満足していた好きな相手との距離がいきなり縮まって、ドンヒョンの中では焦りが勝っていた。勉強が出来るだけでなく地頭も良く、仕事は早く正確。教師からの信頼が厚く同性からも一目置かれる存在。それでいて甘え上手で褒め上手。知れば知るほど、時間を共有すればするほど惹かれていくのだった。マフィアのスナイパーとして裏社会で生きていく運命のドンヒョンにとって、これが最初で最後の恋だった。淡い青春の想い出だった。 ドンヒョンの想いに気づいていたのはジュチャンと当人ボミンの二人だけだった。好きな人の好きな人というのは嫌でも分かってしまうもので、ジュチャンはドンヒョンの視線から感じ取ったのだった。放送部員としてありもしない呼び出しをでっち上げて邪魔したこともあったが、ドンヒョンが進展を望んでいないことを知ってからはボミンが本気にならないことだけを祈っていた。ボミンは「このヒョンも俺のこと好きなのかーそっかー」くらいのスタンスで、深く考えてはいなかった。運動神経の良さやストイックさから「うちの戦闘員に欲しいなー」と少し思っていたが、二人がリーファミリーの幹部候補であることは一切伝えられていなかった。一年間仲良く活動した生徒会の先輩。それ以上でもそれ以下でもなかった。
そして、ドンヒョンが高校を卒業する数週間前。すでに百発百中スナイパーと称されはじめていたドンヒョンの最初で最後の誤射は起こった。 ある組織の取引現場での任務だった。ドンヒョンはターゲットが建物に入ってくるところを狙い撃ちする予定で待機していたのだが、そこに連行されてきたのは、制服姿で口を塞がれ上半身をきつく縛られたボミンだった。 なんでボミンが…? 動揺から数ミリ銃口がずれ、放たれた弾はボミンの腹を直撃してしまった。流れ出す真っ赤な血、倒れ込むボミン。 ―一般人を巻き込んでしまった。ボミンを、好きな人を撃ってしまった。 この事実にドンヒョンの心が耐えられるわけがなかった。ショックで意識を手放したドンヒョンが再び目覚めたとき、リュボミンに関する記憶だけがきれいさっぱり失われていた。 『一生思い出さなくていい』 そうジュチャンは強く願った。
あの日あの場所に現れたのがチェファミリーの跡取りだと追跡調査で明らかになり、リーファミリーはリュボミンの情報を上書きした。ドンヒョンには何も伝えず、チェファミリーに遭遇するリスクの高い任務には就かせないように配慮した。互いに下調べに穴があったせいで起きた不慮の事故。若頭を連行してきたと油断させてから殲滅する計画だったチェファミリーは危うく次期ボスを射殺されるところだった。リーファミリーもチェファミリーも同じ獲物を狙っていることに気づかぬまま、誤射が起きなかったら全面戦争になりかねない危険な局面だった。これを期にお互いが警戒心を強めスパイを忍ばせることを決定したのは言うまでもない。できれば正面衝突はしたくない、というのがその当時の両頭の見解だった。
大学を卒業するまで代理を任せようとしていたソンユンにその意思がなく、陰で支える立場を選択したため、ボミンは高校卒業一年後にはボスの座に就いた。あの日自分を撃ったスナイパーのことは必ずや手に入れてやろうと密かに調べていた。 そんなときにやってきたのが、イチャンジュンだった。抹殺するにせよ情報は吐かせるつもりだったが、ソンユンの働きによって二重スパイとなったため、ボミンはより綿密な計画を立てることが可能となった。
「改めまして、チェファミリーにようこそ。これから沢山働いてもらいますね」 「お前がチェボミン・・・あ、いえ、ボス」 「あー、堅苦しくしなくていいですよ。年下ですし。俺もチャンジュニヒョンって呼びます」 「え、でも・・・」 「良いんだよ。お前は"アサシンY"の恋人なんだから」 「ま、そういうことで。それより、聞きたいことがあるんですよ。4年前俺を撃った天才スナイパーについて」 「報復するつもりなの?」 「いえ、引き抜きたいなあって思って」 「お前がよく知ってる人だよ。高校の先輩。キムドンヒョン。因みにホンジュチャンがハッカー」 「そうだったんですね」 ―じゃあ、ヒョンは好きな人を撃ったわけだ。 「お前がどんな手を使う予定か知らないけど、ドンヒョンはお前のことは一切覚えていないんだ。記憶障害の一種、らしい」 「衝撃が大きすぎたんでしょうね。まあ、絶対思い出してもらいますけど」 そして一年をかけ糸を何巡にも張り巡らせていくうちに、ボミンはいつしかドンヒョンの心までを欲するようになっていた。
***
ボミンの話を聞いて、ドンヒョンの記憶のピースが徐々に埋まっていった。ジュチャンが高校時代の話をしない理由がこれで分かった。 「え、お前・・・あのリュボミンなのか?俺は一般人を撃ったと思ってて・・・」 「そうですよ、あのリュボミンはチェファミリーのボス、チェボミンですよ。驚きましたか?」 胸がきりっと痛んで息が苦しくなる。恋心が蘇ってきた証拠だった。だからといってこの状況を受け入れられるわけがなかった。ドンヒョンは混乱していた。好きだった人だけど、自分が撃ってしまった人で、それよりもなによりも対抗勢力の親玉である。 「何で連れてきた?」 「ヒョンのことが好きだからですよ」 「俺はリーファミリーの幹部だぞ」 「そうですね、おれはチェファミリーの頭ですよ」 「だから」 「だから?」 「あり得ないだろう」 「何でですか?」 「敵同士だろう?」 「俺にはそんなの関係ないですよ。ここにずっと居て下さい」 ドンヒョンが軟禁されている部屋にはダーツ、ビリヤード、サンドバッグなどゲームとトレーニング器具が何でもそろっていた。退屈させないようにとボミンが用意させたらしかった。ボミンは朝昼晩、食事と共にやってきて、高校時代の話から両ファミリーのことまでペラペラと一方的に色々な話をした。ドンヒョンが美味しそうに食べながら時々相づちを打つだけで満足げに笑うのだった。 ドンヒョンに拒否権はなかった。しかし、このまま黙って囚われの身で居続ける気もなかった。ここにはスパイとして潜入している心強い味方、チャンジュンがいる。 「お前の情報はちゃんと伝えてあるから。もうすぐ助けが来る」 こっそり接触してきたチャンジュンからの伝言ももちろん受け取っていた。
その間、リーファミリーのアジトでは消えたドンヒョンを探すためジュチャンがPCと格闘していた。チャンジュンから流してもらった情報を手がかりに何とかドンヒョンの居場所をつきとめ、選りすぐりの幹部と共にアジトに乗り込む日がやってきた。ハッカーとしては本来後方支援をすべきであるが、他でもないドンヒョンの救出であるから無理を言ってジュチャンもついてきたのだった。 裏門に辿り着くと、肩に載せた刀に両腕を掛けてしゃがみこむ細身の男と、その脇に立つ赤髪の小柄な男が出迎えた。 「お、きたきたー!待ってたよー!」 「なんで・・・」 ―今夜だってばれてる・・・どこから・・・? 焦りの色が現れたジュチャンの肩をぽんっとジボムが優しく叩き、先に進むように促した。 「ここは俺らに任せて先に行け」 「ありがとう!じゃあ後で!」 ジェヒョンとジボムをその場に残し、ジュチャンたちは建物の方へ走っていった。 「君たち強い?チャンジュニヒョンから聞いてるとは思うけど一応自己紹介するね!チェファミリー幹部のソンヨンテクと、こっちがペスンミン」 「えっと・・・」 「え、これ言っていいの?」 「言った方が良いの?」 「ボンジェヒョン」 「キムジボム」 ジボムはジェヒョンのハスキーボイスを誇張してマネしてそう続けて答えた。 「やージボマー!こんな時までふざけて!」 「お取り込み中悪いけど、始めていい?」 塀からジャンプしてきたヨンテクが刀を抜いて鞘を放り投げた。それをキャッチしたスンミンが、そっと耳打ちをする。 「テグ、7割だぞ、7割。あと、今日は殺しちゃだめ」 「分かってるよー」 両手で柄を握り、腕を頭上に掲げて構え、右足を引き、一呼吸。低姿勢のまま走り出し、次の瞬間には取り巻きの半分が地面に倒れ込んでいた。 「こんなに強いなんて聞いてなくない?」 「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」 言い争いを続けながらジェヒョンとジボムは応戦を開始した。真っ直ぐ獲物だけを見つめて笑顔で斬りかかるヨンテクの背後を狙って拳銃を構えると、ピュッと耳元を掠めた銃弾に足止めを食らう。二丁拳銃でヨンテクの隙きをカバーするスンミンから放たれたものだ。 「ヨンテガ、もう少し周り見ろ!」 「スンミナが居るんだからいいでしょ」 連れてきた戦闘員はいつの間にか全員気絶し、ニ対ニのバディ戦が始まって久しい。法則のないヨンテクの動きに翻弄されて、ジェヒョンとジボムは防戦一方だった。降りかかる刀を躱し、飛んでくる銃弾を躱し、なんとか一撃を食らわそうと躍起になっていた。 『スンミナ、こっち終わったからもういいよ』 『了解です』 ソンユンからの通信に答えているその僅かな狭間にジボムが渾身の蹴りを繰り出した。避けきれず頬にシュッと一本の傷がつき、血が滲む。 「お前・・・スンミンに・・・そっか、そんなに死にたいんだね!殺してあげるよ!」 ヨンテクがジボムの胸ぐらを掴み、刃を深く首に押し当てた。青ざめて生気を失っていくジボムの顔。ジェヒョンが助けに入る前に、スンミンがヨンテクとジボムを引き離す。倒れ込むジボムにジェヒョンが駆け寄り、シャツを破って止血を試みた。 「ヨンテガ、殺しちゃダメって言ったでしょ」 「でもこいつお前に傷つけたんだよ!」 「こんなのかすり傷だって。それより今夜はもう終わり。こいつら連れて行くよ」 「んーでも・・・!」 「殺したらボミンとソンユニヒョンに何て言われるかなあ?」 「うーわかったよ・・・我慢する」 満身創痍のジェヒョンとジボムはあっさりと縛られ、アジトに連行されることとなった。
時刻は少し戻ってアジトでは、各所に配置された敵の攻撃をなんとか掻い潜りジュチャンと幹部数名がメインホールに辿り着いた。しかしチャンジュンが今日の布陣を少なく伝えていたため、戦力差が著しくすぐに全員拘束されてしまった。 中央の椅子に足を組んで座るボミンと、その脇に立つドンヒョン、チャンジュン。ドンヒョンのこめかみに銃を突きつけているのはアサシンYとして仮面を被った状態のソンユンである。 「チャンジュナ、お前はどっちの人間だ?」 ソンユンはチャンジュンの耳元でそうささやいた。 チャンジュンを見つけて安堵の表情を浮かべたジュチャンが口を開くより前に、チャンジュンは顔色一つ変えずに銃口を向けた。放たれた銃弾は太ももに命中し、ジュチャンはうめき声を上げた。 「ジュチャナ!!!」 ジュチャンに駆け寄ったドンヒョンがチャンジュンを睨み付けた。ボミンの目配せによってジュチャンはすぐに止血され、医務室に運ばれていった。 「殺す気は無いから」 「これどういうことですか?」 「チャンジュニヒョンから体術を習ったそうですね?」 そうボミンが口を開いた。 「何でそれを・・・」 「今見たでしょう?利用させてもらったんです」 「二重スパイってことですか?どうして裏切れるんですか・・・?」 「それは・・・」 「教えてあげれば良いじゃん」 先ほどまでドンヒョンの後ろに居た男が、兎の仮面を外しながらそう言った。 「"Dead or Love" チャンジュンは俺に命を預けたんだよ」 「アサシンYとチャンジュニヒョン・・・?どういう意味ですか?」 「こんなヒョンで・・・こんなスパイでごめん・・・でも自分の心に嘘はつけなかった。俺のことは恨んでくれて構わないよ」 チャンジュンの表情が陰り、俯いた。ソンユンはその頭を優しく撫で、ドンヒョンの方を向いてにやりと笑った。 「まあ要するに、お前達より俺を選んだんだよね」 「敵同士なんて関係ないんだっていう良い例でしょう。大事なのはヒョンの気持ちです」 ゆっくりと椅子から立ち上がったボミンはそう言いながらドンヒョンに銃を渡し、自分の心臓を指さした。 「なにを・・・」 「俺のこと殺したいほど憎いですか?俺はヒョンのことが本当に好きなのでヒョンになら殺されても良いですよ」 丸腰アピールで両手を広げ、真っ直ぐドンヒョンを見据えて立つボミンに、ドンヒョンが引き金を引けるはずなど無かった。 「撃てるわけないだろ・・・」
「ソンユニヒョンーっ!スンミンが怪我した!!」 ドンヒョンがガクッと膝をついたタイミングで、勢いよく扉を蹴り開けたヨンテクが慌てた様子で入ってきた。 「二人ともおかえり。どこを?」 「かすり傷です。ヨンテクが大げさに騒いでるだけなんで気にしないで下さい」 「でも血が・・・!」 「はあ、ヨンテク、落ち着いて。それより・・・キムジボムだっけ、こっちの傷の方が酷いじゃん。お前がやらかしたんでしょ」 「だってこいつがスンミンを」 「もう少し早く止めに入れれば良かったんですけど・・・すみません」 「いや、良くやってくれたよ。ヨンテクがうるさいからお前も消毒しておこうか」 「ジボマぁ・・・死なないで・・・チャンジュニヒョン、俺どうしたら・・・」 チャンジュンの存在に気づいたジェヒョンが涙目ですがりついた。 「ジェヒョナ、大丈夫だよ。てかお前も結構な怪我だぞ?医務室行こう」 「うちの医療班は優秀だから安心して」 ソンユンとチャンジュンは4人と共に医務室へ向かった。ジュチャンとジボムとジェヒョンは奇しくもそこで再会することとなった。 「さっきはごめんね、すぐに手当てしたし、後遺症は残らないと思う」 「ドンヒョンは!?」 チャンジュンの謝罪など今は重要じゃなかった。脚の麻酔がきれるのを待たず、ジュチャンはホールへ走って行った。
「本当に撃たなくて良いんですか?俺を殺せばヒョン達の勝ちですよ?」 「二度もお前を撃てって?ふざけんな!」 パンッ・・・メリメリッ 放たれた銀色の弾丸は広間の奥、初代の肖像画の右目を貫通した。 「おお、ナイスコントロール。チェファミリーへの宣戦布告、と受け取るべきですか?まあ・・・たった今、リーファミリーは俺のものになったのでもう争う必要ないんですけど。これで敵同士じゃなくなりましたね?」 乗り込んだ幹部が全員捕まった時点で、ボミンの勝ちは確定していた。いや、チャンジュンを取り込んだ時点で、もしくは高校で二人が出会った時点で、この運命は決まっていたのかもしれない。 『リーファミリーはいただいた』 デヨルの元にも最後通告が行き、チェファミリーに吸収されることに同意した。マフィアのボスに似合わず平和主義なデヨルは、何より大切な家族の血が流れることだけは避けたかった。ドンヒョンがボミンに囚われていることから推理してすでに多くを悟っており、今までの確執にも辟易してたので、反対する理由がなかったとも言える。チェファミリーとは上手くやれる。何となくそう感じていた。
「本当はヒョンも俺のこと好きですよね?撃たなかったわけですし」 「・・・」 「沈黙は肯定と捉えていいですか?」 「あーしらんしらんしらんーーー!」 逃げ出そうとするドンヒョンと立ち聞きしていたジュチャンが廊下で対峙した。ジュチャンはドンヒョンに届くことのない恋心をぐっと飲み込んで、背中を押す立ち回りを選択した。 「知らなくないだろう、ドンヒョナ。高校の時だって今だって、アイツのことが好きでたまらないって顔してる。俺には分かるよ」 「何で分かるんだよ!?それより足は大丈夫なのか?」 「大丈夫。とにかくお前は逃げるな」 「逃げてなんか」 「恋愛に関しては俺の方が先輩だから聞いとけって。全部思い出したんだろ?お前の記憶の中のボミンと今のボミン、そんなに違った?お前が好きになったボミンと根本は同じだって、本当は気づいてるんだろ?」 「俺が撃ったのに?恨まれこそすれ、好きなんて信じられるわけがないじゃん」 「お前のためにここまでしてるんだぞ。認めた方が楽だと思うけど」 ジュチャンはドンヒョンをそっとホールに押し返し、閉じた扉に寄りかかって座り込んだ。頬を一筋の涙が伝う。 「俺だって、こんなに好きなのになあ・・・」 力尽くで奪うには相手が強すぎて、想いを断ち切るには近すぎて。気づいたら10年以上、ただ側に居るだけの恋だった。ドンヒョンが自分をそういう対象にする日が来ないことは心のどこかで分かっていた。頑ななところも含めて、ありのままのドンヒョンが好きだった。ドンヒョンの愚痴という名の惚気を笑って聞き流せるくらいに失恋の痛みが和らぐ日はそんなに遠くないかもしれない。
「あれ、逃げなかったんですか」 ―逃がす気なんて無いくせに。 高校時代の完全無欠なリュボミンはマフィアの跡取りだと思い直せば納得できる側面ばかりであったし、ここに来てから見かけたボスとして働く姿との擦り合わせはそこまで難しい作業ではなかった。冷酷さも狡猾さも立場上必要な能力であるし、実際チェボミン体制の下ファミリーが強固になったことは事実だった。それでも、残酷な指令を下した数秒後には極上の笑みを向け、時には書類を抱えたままソファで無防備な寝顔を晒す。かつての想いが再び満ちていくのは時間の問題だった。"チェ"ボミンだから、憎むべき相手だから、ここまで踏みとどまっていたのである。 「ボミナ」 「はい」 「お前のことは嫌いじゃない」 これがドンヒョンの今の精一杯の答えだった。 「はあ、今はそれで許してあげます。でもいつか絶対好きって言わせますからね」
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おまけ 「とりあえず二人でどっか行きましょ」 「は?まだそんな関係じゃな・・・」 「まあまあ、そんなの後から知っていけば良いじゃないですか~」 自家用機でチェファミリー所有の南の島にランデヴーに行ってしまう二人。 吸収されたはずなのに、二つのファミリーの顔合わせやら再編やら諸々の後処理をすることになるのはデヨル。ソンユンとチャンジュンのサポートはあるものの、前より忙しくなっている。 「これじゃどっちがボスか分からないですね」 「ボミンなしで進めるのもそろそろ限界なんだけど?」 「あー・・・デヨリヒョンがボスで良いみたいです」 ボミンとしばらくやり取りをしていたソンユンがそう伝えた。 二人が戻ってきて、10人でカジノを開くのはまた別のお話。
マフィアパロ、ぼみどん本編、なんとか終了!!てぐすんはらぱんぱんのビジュで考えました。DDARAのコンセプトフォトとかMVとか衣装がささりまくってもうマフィアドラマ公式で出してくれない???と思っております。 2021.11.27
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