眠りにもつけない、夢も見れない俺をヒョンは知っている?ヒョンの腕の中に俺が居なくても、ヒョンはぐっすり眠るよね。夢を見てるよね。俺は目を開いたまま夜を明かすのに。口もきけず、歩くことも出来ない俺をヒョンは知っている?初めて会ったあの時のままヒョンに笑いかけているのに、きっともうヒョンの視界に俺は居ないよね。俺に似たアイツ、アイツに似た俺。でもヒョンの隣に居るのはアイツなんだ。TVの中で踊るアイツを、俺は立ち止まったままただ見ているよ。俺はヒョンの人形だ、部屋の片隅の忘れ去れた人形。変わらず静かにただヒョンを待っている。いつかまた思い出してもらえる日を夢見て。


第三話 Baby Doll


最近よく見る夢があった。高校生の時の制服を着た二人の夢。でもチャンジュンは傍観者で、ソンユンの隣で楽しげに笑い合うのはチャンフンなのだ。チャンジュンは声を出すことも走り寄ることも叶わず、手を繋いだ二人が光の中に消えていくのを見送るのだ。声にならないままにソンユンの名前を叫び続け、起きると涙が伝っているのだった。目を覚ましてすぐに隣で眠るソンユンを確認してほっと胸をなで下ろすくらいにはリアルで恐ろしい夢だった。悪夢を見ないためには寝ないようにするしかなかったが、布団をかぶれば嫌でも考えてしまうので心が安まる時はなかった。ソンユンとの大切な青春の記憶ですら浸食されて、チャンジュンはすべてが幻だったのではないかという妄想にとりつかれてしまうほどであった。ソンユンの想い出の中のチャンジュンはきっと、とっくの昔にチャンフンによって上書きされているんだろうと思わざるをえなかった。気づいたときにはもう居場所なんてなかったのだ。すでにチャンフンにとってかわられた後で、アイドルの"イチャンジュン"とはそっくりそのままチャンフンのことなのだ。

チャンフンからの報告用のカトクにもソンユン関連のことが目に見えて増えた。SNSに載らなかったアナザーショットも見せつけるかのように大量に送りつけられて、チャンフンが一人でするvでもソンユンについて言及する頻度が上がっていた。その上「二人なのにソンユナって呼んでくれないの?」なんて言われては、チャンジュンの目には二人が付き合っているようにしか映らなかった。
いつのまに?
そうチャンジュンは頭を抱えた。チャンジュンが自分の気持ちに気づくより前からチャンフンはソンユンのことが好きだったのだとしたら。このチャンジュンの想いも、チャンフンを演じているから移っただけなのだとしたら。気づくタイミングがいつかなど関係なく、出会ったときから叶わぬ想いだったのだろうか。二人で一人の道を選んだ時点で運命は決まっていたのだろうか。そう思うとあまりにも滑稽な、まるでチャンジュンの一人相撲。自分の恋心でさえ偽りかも知れないと疑わなければいけないなんて、惨めなチャンジュン。
ここはどこ?俺は誰?
そんな記憶喪失の定番のセリフを吐きたくなる日々。
俺の価値ってなんだろう?俺は本当に必要なの?
アイドルとしての知名度が高まってしまった今、一人で田舎に戻ることも叶わずただ惰性で役割を果たしているだけの日々。
こんな顔も名前も捨てて、誰も自分を知らない土地に行ってしまいたい。事故にでも遭って本当に記憶が消せたならいいのに。いっそのこと毒でも飲んで死んでしまいたい。そんなことをぐるぐると考えている。
偽物で居続けるだけならまだ耐えられたかもしれない。でも、簡単に消せないほどの想いをソンユンに抱いてしまっているチャンジュンは足枷があまりにも重くて逃げることすら許されない。自由に動くことが出来ず、ただこの場所で止まっている。前世で大罪を犯したのであろう自分を呪い、現世でも沢山の人を欺き心に嘘をつき続けている。こうやって罪を重ねてるチャンジュンは来世でもきっと幸せにはなれないのだ。


「お前、最近ひどすぎ。それでもアイドルかよ?」
「何の話だよ」
「表情管理。ソンユニヒョン絡みだと目が笑ってない」
「そんなわけない」
「俺とお前どっちかすぐわかるレベルだぞ?」
「っ・・・」
「そんなにソンユニヒョンのこと嫌いなわけ?」
「なんでそうなるんだよ。」
「無理して一緒に居るように見えるんだよ。」
お前のせいだ。
そう言い返したくなったが、その言葉をグッと飲み込んだ。言っても仕方がない。プロ失格なのはたしかにチャンジュンの方なのだから。チャンフンに問い詰められて、チャンジュンは強く反論が出来なかった。確かにその通りだったから。二人居ることを知る者なら一目瞭然だろう。ファンだってきっと、喧嘩したのかな?とか心配しているかもしれない。ソンユンの前だと挙動不審になり目を合わせることが出来なくなるのだ。他のメンバーと同様に接することが出来なくなるのだ。ソンユンと笑顔で楽しくスキンシップも交えて絡んでいるのはチャンフンで、ぎこちなく取り繕って固まることもあるのがチャンジュンだった。
いっそのこと嫌いだったら良かったのに。この想いに一生気づかずにいられたら良かったのに。その方がずっと楽だっただろう。ただの仕事仲間とし接することが出来たらどんなに平和だっただろう。いくら知らんふりをしようとしても、この心臓の鼓動だけは確実にチャンジュンのものだった。誤魔化しきれていないからソンユンの前で上手く笑えなくなってしまったのだ。
ソンユニヒョンが好きだ。どうしようもなく好きだ。たまらなく好きだ。本当は俺だけを見てほしい。俺だけに笑いかけてほしい。チャンフンだけじゃない。ファンにだって、カメラにだって嫉妬する。共に過ごしてきた年月があるからといって安心なんてこれっぽっちも出来ない。同じ部屋に居ても同じベッドで寝ていても、心があまりにも遠い。ソンユニヒョンの視線の先は俺じゃないから。瞳に映るのはアイツだから。

病は気からを体現するようにチャンジュンは目に見えてやつれていた。運動をしてみても、大好きな歌を聴いてみても頭から離れてくれず、心がどんどん蝕まれていった。反対に元気いっぱいに幸せをまき散らすチャンフンを見て、生気を全て吸い取られたかのように感じていた。今の二人に会ったなら、母親でさえチャンフンをチャンジュンと思うかも知れない。そのくらいチャンジュンは病人のようだった。"イチャンジュン"の個人スケが多いお陰で宿舎からも会社からも離れる時間が多いことがせめてもの救いであった。そういう日はメンバーと鉢合わせないためにチャンジュンはチャンフンのアパートに与えられた小部屋に引きこもったり掃除をして過ごす。エゴサや報告用カトクを読み直しては仮面のメンテナンスをするのだ。ソンユンによって脆く壊れやすくなってしまったチャンジュンの仮面はもはや使い捨てマスク程度に成り下がっていた。どんなに入念に作り込んでいってもソンユンの笑顔一つでひびが入るのだ。そんなチャンジュンの危うさに原因も含め気づいているのはデヨルだけで、ドリンクやアイスをそっと差し入れるのだったが、それでは気休めにもならないことをデヨルが1番良く分かっていた。チャンフンの手前積極的に解決に動くことが出来ず板挟みに悩んでいた。


その日は夕方からダンス稽古が入っていて、午前中は社内コンテンツの撮影などが入っているメンバー、ゆっくり起きて宿舎でVを計画しているメンバー、そして会社で個人練の予定でいるメンバーに別れていた。チャンジュンは早朝に起き出してジムで一汗かいた後、変装用の服に着替えて髪の毛に黒いスプレーを吹きかけて社屋に向かった。未だに【練習生・イチャンフン】と書かれた社員証をかざして出社した。稽古前に振り付けを確認するためにチャンフンと二人で練習する日だった。
新社屋の方で時間を潰そうとしていたソンユンがチャンジュンらしき姿を見かけたのはちょうど同時刻のことだった。近くのカフェでアイスアメリカーノをテイクアウトして出て来たところで、そのまま予定を変更して後をつけた。驚かしてやろうとこっそり追いかけると、練習生が使用しているはずの小さい方のダンス室へ入っていこうとしていた。
「チャンジュナ!」
すんでの所で足を滑り込ませ、扉が閉まる前に侵入に成功すると、そうソンユンは呼んだ。
「はい?」
二人が同時に振り向いてそう答えた。一人は今ソンユンが追いかけてきたチャンジュンと思わしき人物で、もう一人は先に練習を開始していたチャンフンだった。
「え??」
鏡を見間違えたのかと二度、三度と見てみても、やはり自分の方を向く同じ顔が二つ。ソンユンは混乱していた。
チャンジュンが二人・・・?従兄弟?兄弟?どういうこと?
「ちょうど良かった!ソンユナ、振り付け教えて~!」
奥にいたチャンフンがバレたことなどまるでどうでも良いかのようにいつもの調子でソンユンに話しかけた。
「いや、この状況を説明するのが先だろ?」
「あー、チャンジュナ、頼んだ。」
チャンフンはチャンジュンに丸投げして鏡の前に移動し、イヤフォンをさしてダンス練習を始めてしまった。
はぁー・・・
チャンジュンは大きなため息をついてその場にしゃがみこんだ。張り詰めていた緊張の糸が切れたみたいに、身体に力が入らなくなった。今まで必死に隠してきたのに、終わりはこんなにもあっけないなんて。自分の不注意が原因とはいえ全く焦っていないチャンフンが恨めしかった。
「チャンジュナ、大丈夫?体調悪いの?これ飲む?」
チャンフンが居る前でソンユンが自分の方を向いて自分の名前を呼んでくれているというそれだけでチャンジュンは涙が出そうになった。
「大丈夫です・・・ちょっと待ってくださいね。」
チャンジュンは練習室の鍵を閉め、廊下から死角になる場所に椅子を移動してソンユンに座るよう促した。帽子を深く被って俯いたまま、ぽつりぽつりと経緯を説明しはじめた。生まれのこと、夢のこと、チャンフンの体調のこと、契約のこと。自分の想いには触れず、ただ淡々と事実だけを話した。
「ちょっと整理させてね。高校に通ってたのも、宿舎生活をしてるのもチャンジュンなんだね?」
「はい。」
「チャンジュンは一応弟で、あっちが兄のチャンフン、芸能番組とかはチャンフンのことが多い、と。」
「はい。」
「この間キスしてきたのは?」
「・・・はい?」
チャンジュンの反応から、それがチャンフンであったことは一目瞭然であった。少し照れながらそう聞いてきたソンユンに、チャンジュンのチャンフンに対する怒りは頂点に達した。チャンフンのイヤフォンをもぎ取って首根っこにつかみかかった。
「おい!チャンフナ!!何だよキスって!?」
「あー・・・そういえばしたかも?」
「はあ!?なんでそんな適当なんだよ!だいたい付き合ってるならちゃんと報告しろよ!」
「付き合ってないけど?」
「嘘つけ!俺に遠慮してんのかよ?」
「してねーよ!」
そうだ、こいつは俺の気持ちを知っていたとしても遠慮なんかするタイプじゃない。堂々と見せつけてくるに決まっている。ソンユニヒョンにバレていようがいまいが状況を楽しむんだろう。
「じゃあなんでキスなんか・・・」
「んー・・・気づいて欲しくて?」
チャンジュンは、"チャンフンがソンユンのことを好きだと"気づいて欲しくて、だと思ったが、チャンフンの意図は別の所にあった。"二人が違うこととチャンジュンの気持ちに"いい加減気づけよ、と思っていたのだ。さらに言えば、デヨルへのアピールでもあった。二人であることはたった今明らかになったから、後はチャンジュンの気持ちを受け止められるかにかかっていた。
「そんな回りくどいことしてないで普通に言えばいいだろ。ほら、もう俺らが二人だってソンユニヒョンにもバレたんだし。とりあえず俺は帰る。どうせ今日はお前の日だろ、このままソンユニヒョンに教えてもらえよ。」
チャンジュンはそこまで一気に言って、ソンユンには挨拶もせず練習室から去って行った。一部始終を口が挟めないまま見守っていたソンユンはチャンジュンを追いかけたかったが、チャンフンに引き留められて結局そのまま振り付け練習に付き合うことになった。
「チャンジュ・・・ちがった、チャンフナ、気づいて欲しい事って何?」
「俺からは言えませんよ。ヒョンが自分で考えなきゃ。」
チャンフンはデヨルとのことを隠したまま、ソンユンとチャンジュンをさらなる混沌に陥れて"悪役"を楽しんでいた。

チャンジュンは事務所を後にして、ぐちゃぐちゃになった感情のまま漢江に向かって走り出した。涙が止めどなく溢れてきた。今頃きっと二人は想いを確かめ合って、本当のくちづけをしているのだろうか。そう思うと橋から身を投げたい衝動さえ湧き上がってきた。契約書を破り捨ててしまいたかった。どこかに「メンバーに知られた場合」の項目はなかっただろうか。まず誰に連絡をすれば・・・?なんて冷静に考えている自分がいることにも嫌気が差した。身代わりが板につきすぎているのだ。でもさすがにチャンジュンも限界だった。幸せな二人を前にして影で居続ける人生なんてチャンジュンには耐えられない。
脱退は出来ないのかな?これ以上活動しなくて良くなる方法はないのかな?・・・チャンフン一人でもう十分でしょう?
せっかくソンユンが"チャンジュン"の存在を認識してくれたのに、本当であれば記念すべき日だったはずなのに、あまりにも遅すぎたのだ。想い出にも残れない、虚像の中に消えていった本来の自分はもうどこにも居ないから。

人形が感情を望んだせいなのだろうか。こんなに苦しい思いをするなら、心なんていらなかったのに。どうせ壊れる心なら、最初からなければ良かったのに。思い出されないまま待っているしか出来ないなら、ひと思いに捨ててくれたらいいのに。





***


転。バレてしまいました。さあ、ソンユン、どうする?

2021.09.13


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