そんなに驚くヒョンの顔は初めてだね。俺の話をしたかっただけなのに。争いたいわけじゃないんだ。心を開いて聞いてみて欲しいんだ。ただ気楽だった俺たちの関係が1日ごとにもっと近付いて、だんだん大きくなる気持ちに不安になって、少しずつ人形みたいに冷たくなる俺をヒョンは抱きしめてくれたね。俺とヒョンの話は昨日まではきっと練習だったんだ。俺たちは恐くてお互いを抱きしめて、時には傷を見ても見て見ぬ振りをしたけど、一歩ずつ明日に進んでいかなくちゃ。ヒョンの心の声に耳を傾けて、ヒョンも俺の心を感じてくれるよね?
You're my first love
Give you my first kiss
隠してきた俺の話が、夢のように想像した俺の話がすべてヒョンから始まってるんだよ。今日からヒョンの手を握ってもいいんだよね?ヒョンの側で、一緒にしたいことが沢山あるんだよ。


第四話 Close To You


チャンフンの存在が明らかになったあの日、チャンジュンはデヨルから送られてきた定点映像を見ながら1人公園で踊っていた。これが最後のダンスになるかもしれない、と思いながら。最後のダンスになって欲しいと思う自分と、最後なんて嫌だと思う自分がせめぎ合っていた。いつものように帰りの車で入れ替わり、練習で疲れたみんなが死んだように寝ていることに感謝しながら一人席でぼーっと車窓を眺めていた。

「スンミナ、先浴びてきていいよ」
宿舎に到着するとソンユンがそう促し、チャンジュンと二人きりの時間を作り出した。
「チャンジュナ、あの後どこにいたの?何してたの?」
「ソンユニヒョン何変なこと言ってるんですか?一緒にコレオ練習してたじゃないですか。」
「今二人なんだから普通に話してよ」
「一回許したら、どんどん緩んでどこからバレるか分からないですから。」
「それでも。ちゃんと気をつけるから。俺はチャンジュンと話したいんだよ。」
「好奇心を満たしたいだけじゃないんですか?俺は俺のままでヒョンと話す気はないです。」
「何でそんなに頑ななの?」
「俺には無理だからです。俺のことは空気とでも思ってください。」
"俺はチャンフンみたいに器用じゃないから。それに俺はソンユニヒョンの恋人ではないので"
心のなかではそこまで答えていた。
何が、と言いかけたソンユンの言葉を無視して、チャンジュンはリビングへ出ていった。必死に取り繕っては隠してきた本当の自分を今更さらけ出すなんて、恐怖心のほうが勝ってしまう。バレたからと言って「あ、はい、そうなんです。これが俺です」なんて簡単に割り切れるものではない。チャンジュンとして接してもらうより完全に無視してもらったほうがずっと心が楽だった。逆に、プライベートな空間でまでチャンフンとして、偽の恋人を装うこともしたくなかった。チャンフンのプライベートの番号をカトクで送りつけて、晴れてお役御免と思い込もうとしていた。

ソンユンが二人の時を狙っていくら話しかけようとしても、チャンジュンが巧みにかわして逃げ回って数週間が経った。今まで何となく感じていた違和感の理由があの日明らかになって、ソンユンはむしろ嬉しかったしスッキリしたのに、チャンジュンが冷たくなった理由が分からずに困惑していた。 その間、ソンユンは空いた時間を過去の動画を見ることに費やし、ウリムピックからショーケース、各ビハインドにバラエティ番組、vの気になる回も確認した。間違い探しをするように「この日はチャンフン」「これはきっとチャンジュン」と頭の中で整理して、想い出とも照らし合わせた。そのうち簡単に見分けがつくようになって、ソンユンは少し楽しくなっていた。ぐっと顔を覗き込んだり視線を送り続けても絶対に目を合わせようとしないチャンジュンが可愛くて仕方なかった。

そんなソンユンとは裏腹に、チャンジュンはその笑顔を恨んでさえいた。まだチャンフンと見分けがついていないのか、チャンフンに向ける笑顔なんて要らないんだよ、と思いながらごまかしごまかし下手くそな返しを続けていた。
「チャンジュニヒョン、ソンユニヒョンと喧嘩したんですか?」
同室のスンミンにそう心配されて、恐れていたことが起こり始めていることに気づいて背筋が凍った。
「してないよ?個人スケが多くて疲れてるだけだよ。」
「なら良いんですけど。何か無理してるように見えたので。」
喧嘩だったらどんなに良かったか。「喧嘩するほど仲良くないよ」という言葉をぐっと飲み込んだ。自分には喧嘩をする資格なんてないのだと、ソンユンとの間にはチャンフンという壁があるだけなのだと弁解したかったが、もうやっぱり限界なのかもしれないと思った。自分を殺してあくまでビジネスとして、アイドルの"イチャンジュン"として接することで恋心に蓋をしてきたけれど、大きくなる気持ちと存在が知られたことでメッキが剥がれやすくなってしまった。この危うい状態でここに立ち続ける自信なんて皆無だった。ここまで築き上げてきた全てが崩れ落ちる前にソンユンへの想いを断ち切らないといけない、と頭では分かっていてもそううまくはいかないのだ。そもそも、あっさりと消し去れる程度のものならここまで拗らせて息が出来なくなってなどいなかっただろう。
神様は何故、恋がこんなにも苦しいことを教えてくれなかったの?人生の選択にすら後悔しなきゃいけないの?出会わなければ良かった、なんて思いたくないのに。ただ同じ夢を語る仲間として、共に歩む仲間として側に居られたら十分だったはずなのに。一人の人間として抱いてしまった感情に支配されてどんどん欲が出て、俺なんかに求めることは許されなかったという現実だけが突きつけられたじゃんか。ヒョンと同じ顔をして、同じ性格をした人が居たら良いのにな、そしてその人は俺とだけ出会って俺だけを見てくれた良いのに。
そんな馬鹿みたいなことを考えて今夜もまたなかなか寝付けないチャンジュンだった。


ソンユンは夢を見た。走馬灯のように練習生から今までの思い出が流れてくる夢。どの場面にもチャンジュンがいるはずなのに、その顔は黒く塗り潰されている。
「ソンユニヒョン、さようなら。俺はここまでだよ。これからはチャンフンと仲良くね。」
そう言って手を振って暗闇の中に消えていくチャンジュンを、ソンユンは必死に何度も呼び止めた。
「チャンジュナ、行くな、チャンジュナ、待って…チャンジュナ……」
手を伸ばして触れられたのは、二人のベッドの間にある仕切りだった。目尻には涙が溜まっていた。そっと仕切りをのぞいても、こちらに背を向けて寝ているチャンジュンが居るだけだった。今すぐに抱きしめて温もりを感じたくてたまらなかった。チャンジュンがどこかに行ってしまうなんて絶対に嫌だった。
そして気づいた。本当に大切なのは誰なのか。長い年月を共にしてきて、これから先もずっと一緒に居たいと思っているのはどっちなのか。好きになったきっかけを思い出した。初めての定期評価で辛口のコメントを全身に浴びて、漢江で反省会をした日だった。充血した瞳にうっすら涙をためて、それでもこぼすものかと夜空を見上げ「へへっ」と笑ったその横顔にソンユンは心を奪われたのだった。そこに居たのはチャンジュンだという確信があった。男子高校生らしく馬鹿やったのも、去って行く背中に歯を食いしばって練習に打ち込んだのも、デビューが決まって泣きながら抱き合ったのも、全部チャンジュンである。今日に至るまでずっと同室で過ごしてきたのも、仲間やファンの前で我慢した涙を見せてくれるのも、仕事の相談をして頼ってくれるのも、一緒にVでふざけ合うのも、全部全部チャンジュンである。分かりやすい想い出たちはチャンフンだが、青春といって真っ先に思いつくエピソード達や、心に深く染み渡っている日々にいつも隣にいるのはチャンジュンだった。カメラの前で面白いことを言ったりキレキレのパフォーマンスを見せるプロアイドルの"チャンジュン"だって尊敬しているし、あざとくて自信たっぷりなチャンフンも可愛いとは思うけれど、それこそ"仕事仲間"で"弟"だ、としか思えないのだ。ソンユンが振り向いて欲しいと願うのは、恋愛がしたいと願うのは、他でもない、チャンジュンであるという答えにソンユンはようやく辿り着いたのだった。

『チャンフナ、二人の秘密を知ってるのは誰?』
『会社の偉い人とマネヒョンと・・・デヨリヒョンです。知ってどうするんですか?』
『やっぱりデヨリヒョンは知ってるんだね。ちょっと確認したいことがあるだけ。』
『何か気づいたことでもあるんですか?』
『あー・・・先に謝っておくよ。チャンフナ、ごめん。俺が好きなのはチャンジュンだから。』
告白をした覚えもないのに振られたみたいになったチャンフンは納得がいかない様子でデヨルに愚痴ったことは言うまでもないが、デヨルとの事を隠しているチャンフンにも非はあるのだった。
ソンユンは自分の見立てが正しいことを確認するためにデヨルを呼び出した。
「デヨリヒョンはいつから知ってたんですか?」
「二人が入社したときからだよ。」
「それじゃ・・・ヒョンから見た二人について教えてください。性格とか仕事のこととか。」
「チャンフンは誰よりもアイドルに対して真剣だし才能もあるし基礎能力が高いから数回のレッスンで完璧に仕上げるし、もちろん体力の許す範囲で努力も欠かしてない。学校に通ったことがなくて人付き合いは全部計算だって言い張るし未だにメンバーと長時間過ごすのは苦手だけど、状況把握は上手いし頭の回転が速いから機転が利くし場を和ませるのが得意だよね。誰とでもすぐに仲良くなるチャンジュンに嫉妬してるみたいだけど・・・チャンジュンは逆に全部チャンフンの見よう見まねだって言うんだよ。それにダンスもラップも笑いのセンスも凡才だからって人一倍努力して、チャンフンを完璧に演じようってそればっかりで・・・俺からしたら二人は似たもの同士って言うか、根幹は同じって言うか。そこまで遜色ないのにな、ってお互いのコンプレックスを見て思ってるよ。」
「よかった、凄く納得しました。天才が近くに居るせいでああなっちゃったのかな。デビュー直前のオーバーワークもそういうことだったんですね。二人とも頑固なんですね。」
「ああ・・・そうだな。それと、チャンフンがいつも悪ふざけしてごめん。」
「なんでデヨリヒョンが謝るんですか?・・・あ、そっか、そういうこと。デヨリヒョンはチャンフンのこと好きなんですね。」
「え、あ・・・うん。」
「チャンジュンじゃなくて良かったです。まあそうだったとしても負ける気ないですけど。付き合ってるんですか?」
「俺もソンユンには勝てると思えないや。チャンフンじゃなくてほっとしたよ。」
質問の答えははぐらかして、デヨルはただただチャンジュンの幸せを願った。頑ななチャンフンの心を、ソンユンがきっと包んでくれますように、と。

『チャンジュナ、明日練習の後ちょっと顔貸せ。』
『俺じゃなきゃだめなの?』
『俺らの今後についての話だよ。』
そんな意味深なことを言われて、チャンジュンはついに呪縛から解き放たれるのかと少し期待して指定された公園へ急いで向かった。しかし、ブランコに腰掛けていたのはさっきまで共に汗を流していたはずのソンユンだった。
「逃げるな。」
踵を返したところで腕を掴まれて、木陰のベンチに連行された。練習が終わったのが明け方4時であったから、眠くて頭は働かないし、朝焼けが眩しくてたまらなかった。
「チャンジュナ。」
「はい。」
「双子だって分かってから、沢山考えたんだ。記憶も整理してみたし自問自答も繰り返した。」
「・・・」
「チャンジュナ、俺が好きなのはお前だよ。俺がこれからもお前と一緒に居たいし、同じ気持ちだったら良いなって思ってるよ。」
「そんなわけないです。ソンユニヒョンが好きなのはチャンフンですよ。」
「なんで信じてくれないの。なんで俺の気持ちをお前が決めつけるの。」
「俺はアイツの二番煎じでしかないんですよ。劣化版のコピー。誰が俺を選ぶって言うんですか。」
「俺がチャンジュンをいつから好きだったと思ってるの?」
「ここ数年・・・?」
「不正解。高校生の時からだよ。正確に言うなら、初めての定期評価の日。」
「そんな最初から・・・?」
「そうだよ。だから、俺がチャンフンじゃなくてチャンジュンを見てるって信じてよ。誰よりもアイドルで努力家でファンにもメンバーにも明るい部分だけしか見せようとはしないけど、でも俺には弱音も吐くし涙も隠さないチャンジュンが好きなんだよ。」
「でも俺にはもう自分なんてないんですよ・・・ヒョンの言う俺が本当の俺なのかも分からないし・・・」
そこまで言って、チャンジュンは堰を切ったように涙が止まらなくなった。
「俺以上にお前のこと分かるやつがいるのかよ?って前も言ったでしょ?」
ソンユンはチャンジュンを抱き寄せて背中をさすった。
「お前がお前を見失っても、俺がいつでも思い出させてあげるから。安心して。ね、分かった?」
「・・・ソンユニヒョン、好きです。」
ソンユンの言葉があまりにも嬉しくて、チャンジュンは墓場まで持って行く予定だった告白が口をついて出てしまった。ソンユンは肩を掴んだまま身体は剥がして、初めて見る驚嘆の表情を浮かべて固まっていた。たった今何度も好きと伝えてきたのはソンユンの方なのにまるで期待などしていなかったようで、まさに青天の霹靂といった様子にチャンジュンは可笑しくなってしまった。
「チャンジュンが、俺を?本当に?」
「自覚したのはここ数年ですけど、出会ったときから特別でした。本当はチャンフンに嫉妬してたんです。」
「これ、夢じゃないよね?」
「俺は夢じゃ嫌です。ほら、痛いでしょ?」
「チャンジュナ、どこにも行かないでね。」
「はい。ヒョンも、よそ見したらダメですからね。」
再びぎゅっと抱きしめ合って、ぎこちない口づけを交わした。恥ずかしがって目線をそらすチャンジュンを見て、ソンユンはやっぱり"チャンジュン"が好きだと強く思うのだった。
「ファーストキスだね。」
「ヒョンは違うんじゃ・・・」
「チャンフンのことなら、あれ、唇じゃなかったから。」
「アイツ・・・」
「チャンフンもきっと、とっておきたかったんでしょ。デヨリヒョンとのために。」
「え?」
「あー・・・デヨリヒョンも教えてくれたわけじゃないけどたぶん付き合ってると思う。」
「はあ!?ムカつく。何なんだよ、何様なんだよ・・・。」
これからはちょっとずつ兄弟の仲が修復されて行けば良いな、と思うソンユンであったが、チャンフンは今後もソンユンにちょっかいを出してはチャンジュンを怒らせて、デヨルを呆れさせることになるのだった。


地球を照らすのは確かに太陽の光だが、眩しすぎるその光は直接見られない。その光のお陰で月は夜空に輝くけれど、月の光はほど良くあたたかく、古くから"見て"楽しむものだ。そして新月をのぞけば昼間でも空に月は見つけることが出来る。ずっと変わらず側に居る月のようなチャンジュンに、ソンユンはずっと救われてきたのである。
少年は初めての友達であるその人形を手放すことはなかった。忘れたことなどなかった。あの子を見ていたのは、その人形に似ていたからに過ぎない。その子が再び動いてくれることを、口を開いてくれることを待っていた。腕の中にチャンジュンが居なくとも、夢の中ではいつも一緒に遊んでいた。
隠してきた話に驚いたのはどちらが先だったか。心の扉を叩き続けて、名前を何度も何度も呼んで、閉ざされて冷たくなったチャンジュンの手を、ソンユンは決して離さなかった。ソンユンはチャンジュンの隣で常に心を探していたのだ。

今日から二人は互いの手をしっかり握って、夢のように想像した日々を一つ一つ実現させて、もっと長い時を共に歩いていく。










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チャンフンという素敵な双子を共に産みだしてくれた友達に感謝を。
2021.09.19


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