一緒にお酒を飲んだ翌日、2人のスマホにはやっとお互いの名前と電話番号が登録された。それからは、チャンジュンから「ヒョン、今大丈夫ですか?」と事前に確認の連絡が来るようになった。一緒にコーヒーを買いにちょっと出たり、屋上で休憩に付き合ったりした。
カムバ二週間を切ってからは、チャンジュンはバラエティやダンス動画の収録、そしてパフォーマンスの最終調整で、ソンユンは30分越えのMVビハインドの字幕や歌詞の翻訳などで、それぞれに忙しくなり、顔を合わせる機会はめっきり減ってしまった。カムバ直前のアイドルに連絡をするのは非常識だろうとソンユンは躊躇したし、仕事上チャンジュンの姿は(画面越しに)毎日見ていたから、そこまで離れている実感もわいていなかった。

「チャンジュナ、何か気に入らないことでもあったか?」
ショーケースの帰り道、マネージャーイデヨルが信号待ちをしながら、助手席に座るチャンジュンにそう訪ねた。ダンスのミスもなく、各コーナーも会場を爆笑の渦に巻き込んで、大成功だったはずなのに、チャンジュンはどこかイライラしている様子だった。
「たぶん、ソンユニヒョンにここのところ会えてないからだと思いますよ。」後ろからジュチャンがそう指摘した。
「あー・・・ソンユン氏?Webコンテンツ部の?」
「そうです、チャンジュニヒョンの大好きなお兄ちゃんなんですよね。」
「その言い方は・・・いや、間違ってないけど・・・とにかく!俺は全然元気ですよ?」
「分かった分かった。ソンユン氏と会えたらさらに元気になるって事ね。」
エナジーチャンジュンというあだ名があるように、いつでもどこでも誰よりもハイテンションなチャンジュンは正真正銘のアイドルである。だから、多少の外的・内的要因でパフォーマンスに影響が出ないことは、デビュー前から一緒に働いているデヨルはよく理解していた。それでも、ソンユンというトリガーによって200%を発揮するチャンジュンを見てみたいと思った。

「チェソンユン氏」
「はい。」
「えーっと、初めまして。GNCDマネージャーのイデヨルです。」
「あ、初めまして。」
退勤の準備をしていたソンユンの元へやってきたのは、ビハインドの映り込み等で見慣れていたマネージャーだった。ショーケース会場からメンバーを送迎した後、まだソンユンが残っていることを願って事務所に戻ってきたのだった。
「ちょっとお願いがあって。明後日・・・木曜日なんですけど、朝、美容院への送迎を代わっていただきたくて。」
「メンバー全員拾って美容院に送れば良いんですか?」
「あ、いえ、チャンジュンだけです。ルートの関係で。」
「なるほど。分かりました。」
「ありがとうございます。あ、このこと、チャンジュンには内密に。」
「なんでです?」
「まぁ、サプライズみたいな感じで。」
詳しいスケジュールを教えてもらって、明日は会社の車で帰宅する手筈になった。その日ソンユンはチャンジュンに"ショーケースお疲れ様。会社で見たよ。面白かった。"とだけ送り、デヨルに言われたとおり木曜の朝のことには触れなかった。

木曜の朝、何も知らないチャンジュンは「もう到着していますか?」とデヨルに電話をかけた。「おー降りてこい。」そう言うので地下駐車場のエントランスで待っていたら、プッと控え目なクラクションが鳴った。チャンジュンがスマホから顔を上げると、ソンユンがハンドルに腕を乗せて手を振っていた。久しぶりのソンユンの姿にチャンジュンは自然と頬がほころんでいた。興奮を抑えられないまま急いで助手席に乗り込んだ。
「ソンユニヒョン!!!わぁ~大ヒット。」
「チャンジュナ、おはよう。待たせちゃったか?」
「おはようございます。いえ、ちょうど降りてきたところでしたよ。やー・・・びっくりしました!誰か急病ですか?」
「それならよかった。ん、理由は分からないけど、一昨日デヨル氏に頼まれたんだ。」
「そうだったんですね!後でデヨリヒョンにお礼しないと~」
デヨルが気を利かせてくれて、そしてあえて黙っていたのだとチャンジュンにはすぐに分かった。早朝からソンユンの顔が見れるなんて、この上ないご褒美だった。まだ眠そうな横顔を盗み見て、チャンジュンは満足げに深呼吸をした。空色のTシャツにスキニージーンズ。ラフな格好なのに様になっている。何か一つ人生の歯車が違うところでかみ合っていたら、アイドルなり俳優なりをしていたんじゃないかとチャンジュンは思うのだった。
「出発するぞ。あ、これ、アイスアメリカーノ。差し入れね。」
「や~さすがソンユニヒョン!ありがたくいただきます!」
マンションから美容院まで30分ほど。MVや収録曲、ショーケースについて話していたらあっという間に到着していた。早起きは大変だったが、チャンジュンとのドライブは心地よくて、ソンユンはこの時間のためなら毎朝でも起きられるな、と思った。建物に入るまで何度も立ち止まって振り向いて手を振るチャンジュンはついに後ろ向きに歩き出して思いっきり扉に激突していたが、それすらも愛おしくて、ソンユンの口角は発進してからもしばらく上がりっぱなしだった。アルバムを流して口ずさみながらソンユンは上機嫌で事務所までの道を走っていった。

「おはようございますっ!!!やーやーやー何だ?まだ寝てるのか??」
同じく上機嫌で入店したチャンジュンを、ヘアメイクの順番待ちでうたた寝をしていたメンバーたちが一斉に睨み付けた。「リーダーうるさい」と誰かが言った。
「お、チャンジュナおはよう。朝ご飯決めて。」
「デヨリヒョン!最高の計らいでした!ありがとうございます!チーズバーガーで!」
「何のこと?おっけーチーズバーガーね。」
デヨルはあくまで知らない振りをして、他のメンバーにメニューを聞きに行った。昨日までと明らかに違い感情が高止まりになっているチャンジュンが確認でき、デヨルはソンユンの影響力のすごさを実感した。"こんなに変わるものなのか・・・何者?"とソンユンへの興味がわいていた。
その日のカムバックステージでのチャンジュンは神がかっていて、それが6人にも波及して、GNCDパフォーマンス史に刻まれる伝説の舞台となった。再契約後初の歌番組で、記念すべき10枚目のミニアルバムであったから(シングル、フルを含めれば15枚目)デヨルは自分の働きに大満足だった。ソンユンをマネージャーにスカウトしたいくらいだった。活動期間中デヨルは何度もソンユンに朝の送迎を頼んだ。


翌週はノミネートと受賞ラッシュとなった。輝き事務所社員は水木金と業務を早めに切り上げることを許され、大画面が設置されている休憩スペースで本番死守をしていた。リアルタイム投票にはもちろん全員が参加した。ワールドカップかな?と盛り上がりの中に居るソンユンは思った。認証ショットを送ったら、「ソンユニヒョンも投票してくれました~」とビハインドで紹介されていた。チャンジュンは複雑な気持ちを抱きつつも、ファンサービスの一環としてソンユンに言及する機会が増えていた。ソンユンにとっては認証動画が増えていく感覚だったが、気恥ずかしさはあいかわらずだった。


「チャンジュナ、あんにょん!これ、ソンユンオッパに渡してくれる?」
週末のファンサインではデビューから欠かさず通ってくれているファンの1人がそう言って手紙とプレゼントを渡してきた。それでなくてもソンユンについて言及するファンはちらほらいたのだが、ここまでとは思わなかった。
「やいっヌナ、ラブレターは受け取れませんよ?」
「まさか、冗談だよ。チャンジュンに。でもソンユンオッパへのメッセージもあるから読んだら分かるよ。」

帰りの車の中で気になって開封したら、お揃いの白いロゴTとソンユンへのバースデーカードが入っていた。7月31日。二週間後だ。なんで俺は知らないのに俺のファンが知ってる?チャンジュンは腑に落ちなかった。
「あーそうそう、俺と誕生日同じなんですよね!」
チラッとカードを盗み見てジュチャンがそう言った。首をかしげるチャンジュンのために、ジュチャンはさらに詳しく説明した。
「あの時のvlogのテロップに書いてあったじゃないですか。」
「ソンユニヒョン?びっくりしましたよねーこんなことってあるんですね。」
ドンヒョンもそう反応するので、チャンジュンはすぐに該当部分を見直してみた。自己紹介のシーンで"TMI:ジュチャンと同じ7月31日生まれ!"としっかり書いてあった。何度も見ていたはずなのに、どうして見落としていたのだろうか?コメントばかり読んでいたせいかだろうか?
「誕生日が同じだと性格ってやっぱり似るんですかね?」
「お、そしたらソンユニヒョンとジュチャン仲良くなれそうだね?」
"だめ。ソンユニヒョンは俺の。"チャンジュンはそう言ってしまいたくなった。面白くない顔をしているチャンジュンに気付いたメンバー達は、リーダーをいじるのが楽しくなってそのままどんどん話を飛躍させた。
「ソンユニヒョンって彼女居るのかな?」
「居ないわけないでしょ。あのルックスだよ?」
「彼女も綺麗な人なんだろうね~。」
「居ないよ!!この会社来るまでずっと釜山だったし。」
我慢できなくなったチャンジュンは結局口を挟んでしまった。一緒に飲んだ日に少しだけ恋愛の話にも触れていたのだった。現役アイドルなチャンジュンには話せることはなかったが興味はあったので、普通に高校大学と青春を送ったであろうソンユンに聞いてみたのだった。高2の夏までは陸上に打ち込んでいて、メダルも取るほどだったというソンユンは、国際大会のボランティアに行った際に通訳に憧れて、そのまま陸上ではなく語学の道に進んだ。そして大学は勉強漬けで兵役は米軍部隊を志願した。所謂、"意識高い系"大学生だったという訳だ。ファッションに関心があってスマートな外見とくれば女が放っておくはずがないと思うだろうが、生憎とコミュ力は高くないために"サム"までこぎ着ける人は居なかった。そもそも、恋愛対象が男性かも知れないと長年悩み続け、未だに結論が出せていないという"モテソロ"であった。
「ふーん、でも時間の問題ですよ。」
「社員さんに狙ってる人居るだろうし。」
「妹グループの誰かと・・・ってこともあり得ますよね~」
後輩グループのビジュアル担当と腕を組んで歩くソンユンを想像して、チャンジュンは首を大きく振った。だめだめだめ、むりむりむり。それは絶対阻止しなければ。「チャンジュニヒョン、面白くないって顔ですね。」そうテグに指摘されて、チャンジュンは頬を膨らませた。

*

7月31日。チャンジュンは0時ピッタリにソンユンにメッセージを送った。その日は平日だったのでソンユンは普通に出勤して、誕生日を終えようとしていた。地下の練習室ではジュチャンのセンイルV 6時過ぎに開始され、全メンバーが集まっていた。『ソンユンオッパも誕生日おめでとう』というコメントを見つけてチャンジュンが電話をかけたとき、ソンユンは退勤寸前でエレベーターを待っているところだった。
「ソンユニヒョン、今どこですか?」
「まだ会社だけど、今帰るところ。」
「間に合って良かったです!ちょっと来てください~迎えに行きますね。」

地下から上がってきたエレベーターが三階で止まり、チャンジュンが降りてきた。マネヒョンには許可はもらったから、と同じエレベーターでソンユンはダンス練習室に連行された。地下はアーティスト専用エリアなので一般社員のカードではそもそも入れないこともあり、ソンユンは内心ドキドキが止まらなかった。"ファン"としてのソンユンにしてみれば、聖地の中でも一番神聖な部分に足を踏み入れるも同義で、冷や汗が止まらないのだった。その上Vに映り込むなんて、ある意味修行と言えるだろう。
「今日誕生日のスペシャルゲスト!ソンユニヒョンです!」
「一言お願いします」
「はい、GNCDメボホンジュチャン氏、誕生日おめでとうございます。えーっと……わたしまでお祝いしていただいて…恐縮です。ありがとうございます。これからもGNCDとファンの皆さんのために一生懸命働きます。」
「質問ある人はコメントに書いて下さいね!」
「あ、これどうですか?今回の収録曲でどれが好きですか?ですって。」
「んー…流れ星?」
「歌ってください!!ソンユニヒョン歌上手いんですよ!」
「え、歌手の前ではちょっと・・・」
「いいからいいから!」
しぶしぶワンフレーズ歌ったソンユンは、予想以上に良い声でその場の全員が魅了された。コメントでもファンがしきりに褒め称え、またソンユンの株が上がったためにチャンジュンは自分がお願いしたくせに面白くなかった。Vの後はそのままマネさんたちも一緒にテーブルに広がったご馳走をいただくことになった。チャンジュンからソンユンへのプレゼントは応援棒とフーディで、ファンからのお揃いのTシャツも忘れずに同封した。
鏡に映る自分を見て、ソンユンは罪悪感が増していくのを感じた。偶然が重なっただけとはいえ、地方のナムジャファンだった自分が今ここに居るのは果たして本当に許されることなんだろうか?胸に抱くこの気持ちをどうにかして消さなければと固く誓った。一方チャンジュンは自分から言う勇気はなくてもどうか気づいてほしい、そしてあわよくば同じ気持ちを返してほしいと願っていた。

*

GNCDの7周年の日はソンユンが入隊した日でもあった。プレデビューのパフォーマンスでチャンジュンに惹かれ、バラエティでキャラを知ってもっとハマっていたソンユンは、入隊当日にデビューアルバムを聴いていたし、初めての休暇でテレビをつけて、まだ活動していることに驚いたのだった。自分より2つも下なのに最年長リーダーとしてグループを束ね、舞台にテレビに頑張る姿にソンユンも辛い訓練も資格の勉強も卒論も乗り越えることが出来たのだった。画面越しでも歌声だけでも十分すぎるくらい導いてくれていたのだから、"同僚"になって対面して兄のように慕われるようになれば、もはや何も恐くなかった。太陽のおかげで明るく光る月のように、チャンジュンと出会って前より明るくなり、よく笑うようになったソンユンは無敵だった。
秋夕で実家に帰った際も、別人のようだと家族に指摘された。とくに姉はひどい状態のソンユンを見ているから尚更、転職の手伝いをしてよかったと心から思った。家族だけでなく大学や軍隊での友達もきっと今のソンユンにあったら驚くだろう。別のところに転職していたら、釜山のままだったら、ここまでの変化は無かっただろう。ソウルだったとしても…大学生の時のように音盤を揃えたり歌番組を見ていたかは分からない。すっかり忘れて別の生活をしていた可能性の方が高いかもしれない。GNCDの事務所だったから、チャンジュンと親しくなれたからソンユンはこうして笑っていられるのだ。チャンジュンはソンユンに救われたと言っていたが、ソンユンだって同じか…いやそれ以外に救われているのだ。今が自分の人生で一番幸せな時期なのだと思うのだ。

*

その後も会社で会ったりたまに送迎をしたりする程度で二人の関係は相変わらずだった。特筆するとしたら、9月半ばのソウルコンに招待されたことだろうか。2階の関係者席でソンユンは後輩グループに挟まれて最終日を観覧した。「関係者席にソンユンオッパ発見!最後の挨拶で泣いてたよー!可愛い!」ファン目線で泣いていたソンユンは近くに座っていたファンに気付かれて写真付きでレポが拡散されていた。アーティスト達と共に挨拶に訪れた楽屋ではチャンジュンがソンユンを見つけるなり人気の無い階段の踊り場に引っ張って行って、胸に飛び込んだ。「我慢してたんだね。コンサートお疲れ様。最高だったよ。」ソンユンは優しくチャンジュンを包んで背中をさすった。チャンジュンに頼られる度にソンユンはがんじがらめに囚われていくのを感じた。隠しておけば良いのだから、気持ちを消す必要は無いのかもしれないと自分に立てた誓いを緩めてしまいたくなるのだった。

11月半ばの創立記念日パーティはチャンジュンにとって勝負の日であった。マネージャーからの情報では、毎年このパーティーがきっかけで社内カップルが誕生するらしいのだ。チャンジュンはヨジャグルや社員さんが話しかける隙きを作らないためにソンユンにずーっとくっついていた。お酒が強いことはバレていたから、0次会ですでに出来上がった状態で来ていると嘘をついた。ソンユンが普段交流する機会の無い社員や役職者に挨拶する間も常に隣に陣取っていたため、ついには社長にまで指摘されることとなった。
「チャンジュナ、そんなにソンユンのこと好きなのか!だったら来年のワールドツアーに専属通訳として連れてく?」
「わぁ~最高です!!そうしてください!!」
「え…でも今の業務が…」
「そんなのインターンでも短期でも雇うから心配しないで。」
「やりましたね!!!ソンユニヒョンも一緒にワールドツアー!!!ますます楽しみだなぁ!」
各グル、各チーム代表1名によるイントロクイズ大会にかり出されたソンユンはメンバーのジボムを差し置いてGNCDの曲やたらと当てて周りを驚かせた。各グルの個性的な余興はどれも面白く、カラオケ大会ではお酒の力もあって恥ずかしさを捨てたソンユンはチャンジュンとのデュエットを気持ちよく歌った。チャンジュンと顔を合わせてはふふっと声を立てて笑うソンユンのくしゃっとした目元と口元に、チャンジュンの心臓は静まる気配がなかった。

パーティーは23時過ぎにお開きになった。一部の社員は2次会に繰り出し、アーティストとマネージャーは方面ごとにタクシーを呼んだ。チャンジュンは相変わらずソンユンにべったりで、そのまま寝たふりをしていた。
「チャンジュニヒョン…どうしましょうか」
「離れそうにないですよね」
「無理やり剥がします?」
「や、でも後で機嫌悪くなられると面倒」
「俺が送っていきますよ」
「助かります…お願いしますね」
タクシーの運転手にチャンジュンの家の住所を伝えようとすると、チャンジュンがソンユニヒョンの家に行きたい、と主張した。
「何も今日じゃ無くても。今度ちゃんと招待するのに。」
「嫌です!今行きたいんです!!」
好きな人にねだられて断れる人が居るならぜひ教えて欲しいし、それでなくてもかなり酔っているようで離してくれそうに無かったので、仕方なくソンユンは自分の住所を伝えた。

「ちょっっとそこで待ってて。」玄関でチャンジュンを制止させ、リビングと寝室をさらっと点検した。ベッドを整えて洗濯物をクローゼットに押し込んで、前日に見ていた1stコンサートのDVDを所定の棚に閉まって洋書で蓋をした。
「ヒョン、それ会社でもらったんですか?何で隠すんです?」
音も無く突然後ろからチャンジュンの声がして、驚いたソンユンの手から滑り落ちた分厚い英韓辞書が足に直撃した。「っつ・・・」痛む指先を押さえしゃがみ込んだソンユンに構わず、チャンジュンは手前の書籍を全て取り去った。そこにはデビュー前のバラエティからアルバム、コンサートのDVDが順番にきっちりと並べられていた。
「ウェルカムキットだよ」
苦し紛れに出た嘘にチャンジュンは納得していないようでさらにじっくりと棚を確認していた。
「シーグリまで?他のグループのは?」
「うん。あー・・・閉まってある。」
「怪しい。ファンだったんじゃなくてですか?」
「違うよ!」
「じゃあこれは?」
棚の奥深くに潜んでいたはずのファンクラブ特典をめざとく見つけたチャンジュンは、箱の中から一期の会員カードを取り出してソンユンの眼下に掲げた。裏にはしっかりと油性ペンで署名までしてあるものだ。もう言い逃れは出来なかった。終わった。幸せな日々よさようなら。ソンユンは人生のハイライトとも言えるこの一年に別れを告げた。
「・・・ごめん。でも輝きエンタに入ったのは本当に偶然だったんだよ。そこだけは信じて欲しい・・・」
「なんで謝るんですか?」
「不快な気持ちにさせちゃったよね、気持ち悪いでしょ・・・ごめんね、すぐ辞めて目の前から消えるから・・・」
「はあ・・・」 床に正座して謝罪のポーズをとるソンユンを見下ろして、チャンジュンは深いため息をついた。それを聞いてさらに俯くソンユンの顔を、チャンジュンもその場にしゃがみこんで下から覗き込んだ。
「ヒョンってゲイなんですか?」
「たぶん。」
「推しは?」
「・・・」
「いいから答えて下さい。」
「ジュチャン」
「何でですか?」
「歌が上手いから。誕生日が同じだから、親近感。」
本当の推しを隠したところでもう後戻りは出来ないと分かっているが、最後の悪あがきでソンユンはそう答えた。
「嘘。俺ですよね?認めて下さいよ。偶然だろうが意図的だろうがどうでもいいんですよ。俺は運命だって思ってますから。」
メンバー別ジャケットの8thミニアルバムに(どこからペンを見つけたのか)サインをスラスラと書いてチャンジュンがソンユンの手にしっかりと握らせた。それはランダムではなくメンバー指定が可能な初回限定版で、ソンユンの手元にあるのはもちろんチャンジュンが表紙のものだ。まだ乾ききっていないサインの下には、「ソンユニヒョンが好きです」と書かれていた。
「これは・・・?」
パッと顔を上げたソンユンは思ったよりも近くにあったチャンジュンの顔に一瞬たじろいで反射的に立ち上がった。チャンジュンはしゃがんだままペンで床をコツコツと叩きながら気まずさとたたかっていた。さっきまでと真逆の構図ができあがっていた。
「告白」
「恋の?」
「そうですよ」
「まさか」
「ソンユニヒョンなら分かりますよね」
"All I need is you"(俺が欲しいのはあなただけ) "I'm happiest when I'm beside you"(あなたの隣に居るときが一番幸せ)"You're my missing piece"(あなたは俺の欠けていた1ピース)"You complete me"(あなたが俺を完成させる)"You're the one for me" (あなたは俺の運命の人)"I can't live without you"(俺はあなたなしでは生きられない) "I never knew what love was until I met you"(あなたに会うまで愛とは何か知らなかった)床に広げたアルバムの1ページ1ページに、チャンジュンは愛の言葉を書き込んでいった。
「俺も同じだよ」
再びしゃがみこんだソンユンはチャンジュンからペンを奪うと、裏表紙に "I'm nothing without you" (俺は君なしじゃダメなんだ)と書き加えた。
「それじゃあ、俺たち二人、ずっと一緒に居ないといけませんね。」
「そういうことになるね。」

アルバムの上に重ねた手が絡み合い、ゆっくりと二人の距離が近づいていく。二人の出会いから一回りした季節は、去年より暖かくなることだろう。



***

ボンだけ一度も出なかったんですけど、美容師か理事の息子かなって思ってます。
2021.04.24


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