恋愛偏差値0な二人の扱い方 ♪Paul Kim/Hey
次のアルバムに入る予定の、新曲の録音日。 その曲の録音を最後に終えたのはソンユンとスンミンだった。せっかくなので、と録音したてほやほやのデモを作曲家さんが聞かせくれた。切ない片想いの歌だった。 チャンジュンのラップが神がかっていた。曲のテーマに沿っているのはもちろんのこと、サビのフレーズも引用し、さらに切実さがとても伝わってくる歌詞と歌い方だった。 「チャンジュンのラップ……」 「すごいですね」 「あー今回はスラスラ書けたって言ってたよ。」
「すらすらって…自己投影したのか?」 挨拶を済ませ、廊下に出たところでソンユンがぼそっとそうつぶやいた。 「チャンジュニヒョンはまぁ、片想い長いですもんね。」 「は?」 「え?」 そこで、言っちゃいけなかったことにスンミンは瞬時に気づいて、急いで話題を変えた。てっきりソンユンにも相談しているもんだと思っていたのだが、そうではなかったらしい。ということは。チャンジュンがぼかしていた片想いの相手が誰なのか、スンミンはもちろん薄々感づいてはいたが、この時確信に変わった。 「おなかすきましたね。」 「そうだね。」 「テイクアウトして宿舎帰ります?」 「あ、いや、俺は少し歌って帰るわ。」 「じゃあ先に失礼します。」 「うん。また宿舎で!」
空いているボーカルルームを見つけ、ソンユンは電気もつけないまま適当に曲を流した。 片想い長いって?誰に?全然知らなかった。こんなに長く一緒に過ごしてるのに、何で俺は知らないの?半分以下の付き合いのスンミンは知ってるのに?恋愛相談なんてされたことないんだけど。 スンミンには話せるのに俺には話せないんだ?チャンジュンにとって俺ってその程度だったんだね。考えてみれば…仕事の相談しかされたことなかったじゃん。涙は俺にだけ、っていうのも俺の思い込みで、スンミンの前でも泣いてるんじゃない?スンミンが気を使って言ってないだけで?プライベートなことも話せる方が信頼度は高いよね? なんだ、そっか。そういうことか。俺はあくまで先輩社員、くらいの立ち位置なんだね。本当に何でも話せる相手はスンミンなんだ。もしかしなくとも、チャンジュンは俺と仕事以上の付き合いはしたくないんじゃ?本当は俺のこと嫌いなんじゃ?思い返せばあれもこれも全部、『これ以上踏み込んで来ないでください』というチャンジュンの精一杯の拒絶だったのだと思えてくる。 ソンユンにとって何よりもショックなのは、チャンジュンに片想い相手がいるということより、長年一緒にいるのにそんな話を一言もしてもらえなかったことだった。 一緒にいる時間が長くなればなるほど何故かチャンジュンとの距離が離れていってる気がしていたが、これがその答えなのだろう。ただでさえ苦しんでいたソンユンに、この事実はあまりにもダメージが大きすぎた。一旦そこまで至ったソンユンは、それからはもうドツボにはまったようにどんどんと悪い方向にしか考えられなくなった。メンバーが悩んでいたらすぐに気づいて、話を聞いて包み込んであげるソンユンであるから、チャンジュンの片想いに自分が気づけていないこともまたショックだった。 浮いた話がないのはプロ意識の高さか、単にネタがないからだと思っていたのに。俺に話したくなかっただけなんだね。俺には知られたくないってことなんだね。俺に怒られるのが恐いのか?いや、チャンジュンに限ってそれはないはず。それに、ちゃんと隠すなら片想いだろうが彼女だろうが反対しないのに。 さっきの曲の歌詞をポケットから引っ張り出して、ラップ部分をもう一度ちゃんと読んでみる。 「こんなの、どう考えても拗らせてるじゃん。苦しい片想いしてるじゃん。何で相談してくれないの?」
そりゃ、恋愛相談が得意ってわけじゃないけど。中学までは陸上、高校からは歌手になるため練習に費やしたから、青春の経験なんてほぼないけど。でもそれはスンミンも同じはずでは?何で俺じゃだめなの?そんなに俺のこと嫌いだったの?…これからどうやって接したらいいんだろうか? チャンジュンに嫌われていると思うと、ソンユンは前と同じ対応が出来そうになかった。部屋を変えた方が良いのだろうか?とまで考えはじめていた。 こうなったソンユンが自力で真実に辿り着くことは決してないだろう。拗らせているのはソンユンも同じだった。 スンミンが気付いたように、実際のところ、チャンジュンの片想いの相手はソンユンなのだ。好きという気持ちをどんどん意識してしまったチャンジュンがソンユンを避けがちになっているという現状なのだが、それをソンユンは真逆の意味に捉えてしまったのだった。
ブーブーブー 電子ピアノの上に無造作に置いていたスマホの呼び出し音で、ソンユンははっと我に返った。どれくらい思考の世界に籠もっていたのだろうか? 「はい。」 「ソンユナ、ああよかった、寝てたらどうしようかと思って電話にしたんだ。まだ帰らないのか?」 ガチャッ 扉が開いて、入ってきたのはデヨルだった。別室で配信をした帰りだった。暗い部屋から音が漏れていたので覗いてみたら、ソンユンらしき後ろ姿が椅子に縮こまって座っているのが見え、声をかけたのだった。 「あ・・・もうこんな時間だったんですね。帰ります。」 「電気もつけないで・・・考え事か?録音上手くいかなかった?」 「録音はバッチリです。デモも聞きましたが、みんなとても良い声で歌えてましたよ。」 「そうか?俺も聞きたかったな。」 "デヨリヒョンはチャンジュンの恋バナ聞いたことありますか?" 肯定されたらまた悲しくなるだけなので、ソンユンはそう心の中で一度唱えただけで口には出さなかった。万が一にでも、自分以外みんな知っていた日には、きっとソンユンは立ち直れる気がしなかったから。 「考えすぎるなよ?どんなことでも俺には話して良いんだからね。」 何かを飲み込んだソンユンにデヨルは気付いていた。考えの多い弟であることは長年一緒に居るから理解しているが、時々危なっかしくて心配になるのだった。 「ありがとうございます。またダンス練習始まったら相談しますね。」 そういう意味で言ったんじゃないんだけどな。そうデヨルは思った。グループ一脳内が謎に満ちていて、プライベートな悩みを話さないメンバー、それがまさにソンユンだった。弟たちから"完璧"と評されて、逃げ場がなくなっていたりしないことを祈るばかりだった。
デヨルの心配はあながち間違ってはいなかった。スンミンの一言からはじまったネガティブ思考は止まることはなく、仕事以外でソンユンがチャンジュンに積極的に関わる機会は減っていった。いや、もっと正確に言うのであれば、会社の人間以外が居る場面のみ、今まで通りであった。練習中でも必要以上に会話をしなかったし、宿舎でも二人でいるところを見かけることはなくなった。ソンユンは夜遅くまで社屋に留まることが増え、少しずつ、距離を置いていこうとしていた。
そのことがチャンジュンを不安にさせた。良好な関係を築けていたはずが、ソンユンに避けられていると気づいたチャンジュンは、心当たりもなく深く傷ついていた。 『一緒に行く?』 といつも聞いてくれて、それがとても好きだったのに、誘われなくなってしまった。チャンジュンは必要以上に運動に打ち込んで気を紛らわそうとしたが、同室で毎日顔を合わせるのに、考えないなんて無理に決まっていた。
『好きすぎて恐い。』 『目が合ったらカメラの前でも心臓が止まりそうになる。』 『昨日も一緒にご飯行ったんだけど、そこでさ・・・』 そんな惚気のような相談に「あーはいはい」と流していたスンミンも、 『やっぱり脈ないのかな?嫌われた?』 『あからさまに目をそらされちゃった・・・』 『全然誘ってくれなくなったんだけど。』 こうやってどんどん暗くなる相談に、当事者である兄に真意を問いただしに行きたくなる気持ちをぐっと抑えていた。
チャンジュンは部屋の中では明らかに沈んだ顔を見せていたが、それをみて、ソンユンは"長い片想いの相手とやらと何かあったんだろうな"、とは気づいても、それが自分だとは夢にも思わなかった。
* 「おかしい。絶対におかしい。」 「何が?」 「ソンユニヒョンとチャンジュニヒョン。」 「あーやっぱり?俺だけじゃなくて安心した。」 「喧嘩ってわけじゃなさそうなんだよね。」 「スンミニヒョンは何か知りません?部屋での様子は?」 「うーん、なんでだろう?部屋でも全然会話ないんだよね。」 こんな状態が数週間も続けば、メンバーが気づかないわけがなく、撮影の合間にこんな会話が繰り広げられるようになった。
チャンジュンが個人スケジュールがあり、帰りが遅くなる日のことだった。ソンユンは昼からボーカルルームに籠もっていた。 これを好機と思い、デヨルが他のメンバーを宿舎に集合させた。もうスンミン一人では抱えきれなくなっており、原因を探るべきと考えたのだった。半分は本気で心配し、半分は野次馬精神で、1時間後には8人全員が集まって、作戦会議がはじまった。
「ジャチャナ、お前はソンユニヒョン担当。」 「え!?俺もこっちがいいんですけど!」 「お前にしか頼めないから。これあげるからお願いね。」 ジュチャンのカトクに送られてきたのはチキンのギフティコンだった。 「一緒に夜ご飯食べて、そのまま練習室カラオケ2時間コースがいいね」 「よろしく!!」 チキンに負け、ジュチャンは渋々会社に出かけていった。一旦vが始まれば楽しくはしゃぐだろうから、適任である。
「とりあえず…ソンユニヒョンがチャンジュニヒョンを避けていることは確かだと思います。」 「うん。」 「ここのところソンユニヒョンとご飯食べた人いますか?」 そうドンヒョンが聞くと、全員の手が挙がる。趣味だと公言しているように、ソンユンはメンバーと食事を共にすることが大好きな人間だった。以前であれば、その相手として一番多く選ばれるのはチャンジュンであった。 「チャンジュンと一緒に食べなくなってどのくらいになる?」 「ダンス練習始まったくらいじゃないですか?」 「あー確かに。外で食べる時間ある日でも二人で出かけなかったから気になってたんですよ。」 原因と時期を探るため、気になることを洗いざらい全部挙げていくことになった。 「Vは?ソンユニヒョンの途中参加めっきり減ったと思いません?」 「声だけでも挨拶だけでも極力出演するポリシーなのに、隣にいても入ってこなくなりましたよね。」 「あ、それならいつ頃からか分かりやすいですね!見てみましょう。」 そこで、ジボムとジェヒョンが担当となり、正確な時期を探ることになった。 「後は…一緒に運動しなくなりました。」 「ツーショットもしばらく撮ってないと思います。」 ツイッターを調べていたボミンがそう報告した。 「スンミナ、お前、チャンジュニヒョンからプライベートな相談受けるって言ってなかった?ソンユニヒョンと喧嘩したとか何か聞いてないの?」 はっと思い出したように、今度はテグがそう発言した。 「いや……チャンジュニヒョンも理由が分からないらしくて。嫌われたみたいだって悩んでる。」 「長い付き合いだし今まであんなに仲良くしてたのに急に嫌いになるとかあるのかな?」 「ソンユニヒョン、別に怒ってるわけでも嫌悪感から避けてるわけでもなさそうですけど…」 元々心の内が分かりにくいソンユンなので、メンバーといえども中々核心に近づくことができずにいた。しばらくそれぞれが記憶を辿り頭を悩ませている間、あーだこーだ言いながらソファでVを見ていた二人が戻ってきた。 「見つけました!!!」 ここだよな?おう、ここだ。ジボムとジェヒョンがドヤ顔でスマホをテーブルの真ん中に置いた。 「まずはこの日。」 チャンジュンとスンミンの宿舎でのボイスオンリー。途中でソンユンが入ってきて、そのまま終わりまで3人だった。ワジャンスン部屋では決して珍しいことではない。 「それから、この日。」 数日後の、練習室での休憩の合間のV。この時はスケジュールのあったボミン・ジェヒョンを除き全員がその場にいた。つけたのはドンヒョンで、チャンジュンも途中から加わっていた。顔出しNGなメンバーでも声で出演していたが、ソンユンは反対側でイヤフォンをつけてスマホゲームに集中していた。(もとい、ゲームをしていると見せかけて実際はVを見ていた。)当時の状況を知る彼らだからこそ気づけた違和感だった。この日以降、チャンジュンのいるvに参加してくることは一切なかった。 「でかした。この間で何かあったってことだな。」 「ちょうど録音の時期ですね。」 ドンヒョンがスケジュールを確認する。チャンジュンとソンユンはポジションが違うから一緒に録音することはないはずであった。 「あ…!!!そういえば…あの曲の録音終えた日、ソンユンの様子が変だった。ほら、スンミンとソンユンが最後に録ったの。」 「あー、あの日ですか?ソンユニヒョンは残って歌うって言ってたのは覚えてますけど。」 「そう。ボーカルルームで、電気もつけないで椅子の上に丸まってたんだよ。考え事してるみたいだった。」 すっきりした!と言わんばかりにデヨルは立ち上がって両手を上げた。 「その中身が重要なんじゃないですか!」 「スンミニヒョン、録音のとき何かありました?」 「いや、スムーズだったけど?めちゃめちゃ良い出来だったし。」 「チャンジュニヒョンに関する何か…思い出してください!!」 「チャンジュニヒョン……ラップが凄かったですね。作曲家さんが言うには、歌詞がスラスラ書けたらしいって。」 「そうです。この曲はチャンジュニヒョン、ノリノリで書いてました。切ない片想いの歌詞なのに。」 同時に録音し、チャンジュンのラップメイキングに圧倒されたテグがそう付け加えた。 「ソンユニヒョンがチャンジュニヒョンのラップに嫉妬したとか?」 「メボなのにそれはないでしょ。」 「具体的に何か言ってなかったんですか?」 ここまできたらもう、スンミンの記憶に賭けるしかなかった。メンバーみんながスンミンに念を送る。 「自己投影したのか?って言ってたような…それで……あ、」 そこでスンミンは口をつぐんだ。きっかけが自分かもしれないと気づき、みるみる顔が青ざめていった。 「何ですか?」 「続き話してくださいよ。」 「"チャンジュニヒョンはまぁ、片想い長いですもんね"って言いましたけど・・・。」 頭の中で、チャンジュンに"秘密を話してごめんなさい"と謝りながら、スンミンはそう答えた。 「片想いですか!?」「誰に?」「似合わない。」「わぁ。本当ですか?」 青天の霹靂、と開いた口が塞がらない様子のテグ、ジェヒョン、ジボム、ドンヒョンと対照的に、デヨルとボミンは落ち着いていた。 「そう言われてみれば・・・。」 「デビュー前から気付いてましたよ。今の状況も付き合ってて喧嘩中なのかと思ってましたけど。」 さらっとそう言ったマンネは、それなりの爆弾を投下していることなどつゆ知らず、そのまま言葉を続けた。 「まだ片想いって・・・一生言わないつもりなんですかね?それとも告白して振られたから今気まずくなってるんですか?スンミニヒョン、どうなんです?」 「いや・・・ボミナ・・・お前・・・俺はそこまでバラすつもりはなかったんだけど?」 「この際ハッキリさせちゃった方がグループ的にも良いと思いますけど。」 「ちょっっっと待て!この4人がついてこれてないから!」 立ったままだったデヨルがボミンの横に行き、肩に手を置いて制止した。放っておけばどんどんと持論を展開して4人が置いてきぼりになることは目に見えていた。 「あー・・・ヒョン達、本当に何も知らなかったんですね。すごい。」 「やー、ボミナ、馬鹿にしてんのか?お?」 「とにかく。今のボミンの発言で感づいたとは思うけど、チャンジュンが好きなのはおそらく・・・いや、絶対・・・ソンユンなんだ。」
「わぁ。」「てーば。」「オーマイガー」「ホントですか?」
「俺が知る限りでは告白はしてないはずです。」 「一旦整理させて下さい。その、録音の日。スンミニヒョンの言葉に何か思うところがあってソンユニヒョンが悩んだんだとして、それでどうしてチャンジュニヒョンを避けることに繋がるんですか?」 「チャンジュニヒョンの好きな人が自分だって気付いちゃったから、とか?」 「答えられないよ、って暗に伝えようとしてるって事ですか?」 「ソンユンはそんなに器用じゃないと思うんだよなぁ。」 「好意に気付いても告白されない限りは100パーセント信じないだろうし・・・知らないふりをして今まで通りに接するタイプじゃないですか?」 「ボミンは何で付き合ってると思ってたの?それって両思いだと思ってたって事?」 「いや、だって・・・誰が見ても明らかじゃないですか?行動を共にすることも多いですし部屋もずっと同じですし高校からずっと一緒な訳じゃないですか。チャンジュニヒョンが素をさらけ出してるのってソンユニヒョンにだけですよね?インタビューとかでもお互い凄くポジティブに褒め合ってるじゃないですか。」 気付かない方がおかしい、とでも言いたげなマンネに、ドンヒョンが今にもつかみかからんとしていた。アンモナイトズとして共に過ごしてきた期間はあまり変わらないのに、全くわかっていなかったことが悔しかったのだ。 「チャンジュニヒョン、誰かってことには言及せずいつも俺に恋愛相談してくるんですけど。それがソンユニヒョンだって確信したきっかけがその・・・録音の時で。ソンユニヒョン凄く驚いてたんですよ。チャンジュニヒョンが片想いしてること知らなかったんですよね。何でも話す仲なのに知らないって、そう言うことかなって。まあ・・・普通の感覚なら好きな人相手に恋愛相談しないじゃないですか。」 「ああ、なるほど。」 「仲間はずれにされたみたいな感覚じゃないですか?あ、俺は知らなかったのになーって。ショックですよね。」 「それでこんなあからさまに態度変えるものなんです?」 「あーーーーー!ソンユニヒョンの思考回路分からなさすぎますよ!!!」 リビングの真ん中で両手を掲げ何かを降臨させるがごとく目を瞑ってウロウロしていたテグが大きな声を出した。誰よりも感謝してやまない、大好きなヒョンの気持ちが読めないことがもどかしくて頭を抱えるしかなかった。お前も読めない奴だよ、と他のメンバーはつっこみたくなるのだった。 「ソンユンのことだからもっと考えが飛躍してそうだけどね。」 「もうソンユニヒョンの気持ち探るしかないですね。まあ・・・俺は両思いに一票ですけど。」 「どうやって探るよ?」 「んー・・・、、、あ!うっかり大作戦で反応を見るとか?」
デヨルは7人をテーブルに呼び戻して説明を開始した。 概要はこうだ。一連の流れをジュチャンに教えた後、一芝居打ってもらうのだ。そしてソンユンの反応をこっそり録音して、脈がありそうであればチャンジュンに送りつける。後は相談を受けているスンミンが背中を押し、どこかのタイミングで二人きりの時間を作れば良い。脈がなさそうな場合は・・・全員で慰めてあげるしかないだろう。
『わぁ、もうこんな時間だよ。怒られちゃうね。行かなきゃみたい。』 『だね。じゃあ、また会いましょう!見てくれてありがとう!あんにょーん!』 たっぷり2時間モッパンとカラオケで盛り上がったメボズが放送を終えたのは8時半を過ぎた頃だった。自分のスマホでもコメントを見ていたジュチャンはカトクの通知にも気付いていたので、挨拶を済ませてすぐに確認した。ジュチャンもなんとなく感づいていたうちの一人だったため、そこまでの驚きはなかった。 "理解したなら電話して" 最後の一文に従って、ソンユンにトイレに行くと告げて廊下の端でデヨルに電話をかけた。 「もしもし?」 「あ、ジュチャナ。ミッションだよ。」 誕生日のサプライズやドッキリ作戦のように演技力と慎重さが求められるミッションだった。必要な台詞と手順を記憶して、復唱してから電話を切った。自然に。ホンジュチャン、お前なら出来る。そう自分を奮い立たせて練習室に戻った。 「ヒョン、すぐ宿舎帰りますか?」 「どうしようか・・・歌ったらまたお腹空いたよね。明日はスケジュールあるし、宿舎でラーメンでも食べて早めに寝ようか。」 「お、いいですね!そういえばチャンジュニヒョンもちょうど同じくらいに宿舎着きますよね。お腹空いてるかな・・・?」 「車の中で何か食べてくるんじゃない?」 「あー・・・そうですかね?」 "俺と一緒に食べたいわけないし"と心の中でソンユンはまた自虐した。最近では息をするようにマイナス思考を繰り広げていた。今しかない、とジュチャンはスマホの録音をオンにして芝居を開始した。 「ああもう!俺、我慢できなくなりそう!」 「急にどうした?」 「チャンジュニヒョンですよ。思い出したらまた・・・もどかしくて!いつまで隠してるつもりなんですかね!?」 「さあ・・・。」 すぐに分かった。片想いの話だと。ジュチャンにも話してたんだな。そっか。こうなると、俺以外みんな知っている可能性も出て来たな。全然笑えない。笑えないけど、平静を装わなければ。動揺を悟られるわけにはいかなかった。 「俺から言っちゃダメですかね?ほうっておいたら一生片想いしてそうなんですけど・・・。」 「それはダメだろう。本人に伝える気が無いなら・・・今の関係に満足してるんじゃないか?」 「満足してるとは思えないです。だってほら・・・最近塞ぎ込んでるじゃないですか。それに、じたばたしてるうちに彼女できちゃったらどうするんです?もっと辛くなりますよ?」 "好きな人に彼女?" 拗らせている理由はそれか。同性だから。何でこんなに大事な話を、俺は弟から間接的に知ることになるんだろうか?ガツンと大きな拳で頭を殴られた感覚だった。どんどんと周囲が見えなくなって、暗闇に突き落とされる。ソンユンもまた同性に長らく片想いをしていたし、告げるつもりもないから、ジュチャンの発言一つ一つがまるで自分に向けられているようでさらに苦しくなるのだった。 「でも・・・フラれても同じように付き合えるか?いずれにしても傷つくだろう?俺は分かるな。」 「付き合ったらもっと楽しいこと沢山あるじゃないですか!ソンユニヒョンだって女だったらチャンジュニヒョンと付き合いたいって前答えてましたよね!?」 「女だったら・・・だろ?」 「俺はチャンジュニヒョンだったらアリかもって思いますけど。ソンユニヒョンは?もし告白されたらどうします?」 「いや、俺の意見が何の役に立つ?」 "その相手が誰かも分からないのに" ソンユンは心の中でそう言葉を続けた。チャンジュンがその人とどれだけ親しいかによるだろう。具体的に何年間想っているのかも分からないし、地元の友達ならしょっちゅう会えない訳だし、高校の友達なら職業柄・・・障壁が多いだろうし。俺だったらどうするかって?今まで数え切れないくらい想像してみたその場面。チャンジュンに告白されるシチュエーション。ソンユンにとってはあまりにも非現実的で、毎回途中でやめてしまうのだった。 「とーーーっても参考になるんですよ!いいから教えて下さいよ~!」 「うーん・・・ジュチャンと同じかな。受け入れるんじゃないかな。」 「本当ですか!?」 「え?いや・・・まあ・・・一緒に居たら楽しいだろうし。」 そんなに長くたまった想いを吐き出す瞬間のチャンジュンは、きっととっても可愛いのだろう。頬を染めて照れながら言うのだろうか?それとも泣きながら絞り出すのかな。どんなチャンジュンでも、ソンユンの瞳には可愛く映るに決まっていた。自分が一生体験できないその瞬間と対峙する人は世界一幸せ者だよ、とソンユンはジュチャンが気付かないくらい小さくため息をついた。 一方、ジュチャンは「脈ありだ!!!」と飛び上がりたい気持ちを抑えてそっと録音を終了した。ソンユンの本心が確実に分かったわけではなかったが、ジュチャンもボミンと同じく、両思いに一票を投じていた。ソンユンもチャンジュンのことが好きだから、こんなに拗れてしまったのだろうと思うのだった。性格が似通っている分、ジュチャンはなんとなく想像してみることができるのだ。 愛情表現は得意なのに、自分には自信が無くて、向けられる好意には疑り深いソンユンと、初対面の人でもすぐに懐に入り込めるのに、好きな人だと意識しすぎて回り道ばかりのチャンジュン。実に不器用な二人である。きっかけがなければ、一生悩み続けるのだろう。メンバーが動きたくなるのは仕方の無いことだった。
二人が宿舎に帰ってきて先にシャワーを浴び、ラーメンを用意しはじめた頃、スケジュールを終えたチャンジュンが帰宅した。 「チャンジュニヒョン、ラーメン食べますか?」 「いや、食べてきた。」 そのまま部屋に向かうチャンジュンを確認して、リビングでドラマを見ていたスンミンがそっと立ち上がってその後を追いかけた。ドアを閉めてすぐ本題に入った。
「チャンジュニヒョン、さっき送ったの聞きましたか?」 「聞いたけど・・・どういうこと?ジュチャンに話してたの?」 「俺が言ったんじゃなくて、気付いてたんですって。それはさておき、諦めるのはまだ早いと思いませんか?」 「こんなにあからさまに避けられてるのに?」 「それに関しては正直、お互い様だと思います。行動しなきゃ変わらないですよ?良いんですか、このまま距離が開く一方でも?表面上の付き合いしか出来なくなっても?」 「嫌だよ。でも、どうしろって?」 「そのまま、伝えれば良いんですよ。心のままに。」 「それができたらとっくにやってるよ!」 「じゃあもう俺がソンユニヒョンに聞きにいっても怒らないで下さいね?」 そう言って部屋を出て行こうとするスンミンを、チャンジュンは慌ててドアに先回りして阻止した。今まで散々相談してきたとはいえ、年下にそこまでしてもらうのはプライドが許さなかった。ちょうど食事を終えて部屋に入ってきたソンユンと入れ替わりでスンミンは部屋を後にした。眉をしかめ、下からぐっとキツい目線を送ってくるスンミンにチャンジュンは身がすくんだ。どこまでも男前なこの弟には敵わないのである。
二人きりになった。部屋では良くあることだが、お互いに気まずさが隠しきれていなかった。 「シャワー浴びてくれば?」 なんともいえないこの空気に耐えられないソンユンは、ナイトルーティーンを開始しながらそう促した。ベッドに腰掛けたまま動こうとしないチャンジュンにイライラして、いつもの倍でスキンケアを終わらせてバタン、とベッドに横になって蒲団を被った。スンミンからプレッシャーを与えられてるとはいえ、どう話し始めれば良いか考えあぐねていたチャンジュンはあの録音をもう一度聞こうとイヤフォンを耳につけて再生ボタンを押した。
『ああもう!俺、我慢できなくなりそう!』 『急にどうした?』 『チャンジュニヒョンですよ。思い出したらまた・・・もどかしくて!いつまで隠してるつもりなんですかね!?』 『さあ・・・。』
次の瞬間、チャンジュンのスマホから聞こえてきた会話にソンユンは耳を疑った。しっかりとささっていなかったために音が漏れ、チャンジュンはいそいで停止したが、ソンユンの耳にもしっかりと届いていた。 「チャンジュナ、お前、それ・・・」 「ソンユニヒョン・・・これ、本心ですか?気を遣っただけですか?俺が告白したら・・・本当に答えてくれるんですか?拒絶されたらと思うとどうしても言えないんですよ・・・こんなにも好きなのに。いや、こんなにも好きだから。」 「やっと俺にも話す気になったんだ?相手が誰か分からないことにはちゃんとしたアドバイスできないけど。」 「今ので気付かなかったんですか?」 ああ、この人には本当に。言葉で伝えないと届かないんだな。殻があまりにも硬くて、ちょっとやそっとじゃ掴むことが出来ない。ソンユンの1番深いところに入れるのはやっぱり自分一人が良いと、チャンジュンはこの瞬間強く思った。 仕切りのカーテンから手を伸ばして、ソンユンの腕を掴んで引っ張った。手のひらを、自分の心臓に持って行く。自然と向き合う形になり、ソンユンは上半身を起こして状況を把握しようと脳をフル回転させていた。 「心拍数が上がってるでしょう?ソンユニヒョンのことが好きだからですよ。好きすぎておかしくなりそうなんです。今も緊張しすぎて・・・お願いだから何か言って下さいよ。」 「好きってそういう意味で?」 「長年の片想いの相手って言えばいいですか?ソンユニヒョンの返事次第では今後も記録を更新し続けますよ。」 幾度となく思い描いた場面が今、ソンユンの目の前に広がっていた。チャンジュンはソンユンの想像の範疇を超えた、初めて見る表情をしていた。唇を噛み、瞳は揺れ、眉は下がっている。全身で訴えかけているチャンジュンは、やっぱりとっても可愛かった。 「世界一の幸せ者は俺だったんだね。」 「それって・・・」 「俺も、好きだよ。いや、俺の方が好きだよ。記録も俺の方が上かもね?」 「記録は絶対に俺の勝ちですよ。一目惚れですもん。」 そう言って笑うチャンジュンはさっきよりさらに可愛くて愛おしくて、これからこうやって塗り替えられていくのだと思うと、ソンユンは好きすぎて死なないか心配になるのだった。 チャンジュンに掴まれていた手首をひねって逆にチャンジュンの腕を捕まえたソンユンは、そのまま自分のベッドにチャンジュンを引っ張り入れて、もう片方の手でしっかりと顎を持ち上げて唇を重ねた。ゆっくりと唇を離した後、互いに背中に手を回し、この数週間の穴を埋めるかのようにきつく抱きしめ合った。 「恋愛しようか、俺たち。」 「はい、しましょう。」 この日、二人の恋愛偏差値は1になった。
fin.
おまけ。
シャワーを浴びに出て来たチャンジュンが満面の笑みだったのを見て、盗み聞きしたい気持ちを何とか抑えてドラマを見ていたスンミンとテグが安堵のため息をついた。 「上手くいったみたいだね。」 「両思いだったのか。ボミンがまーた調子に乗るね。」 メンバーを巻き込んだことにも、関係がバレていることにも気付かない人騒がせなカップルが誕生した日は彼らの中で語り継がれることになるだろう。
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拗らせ悶々話がメンバー巻き込みハピエンに変わってしまいました。 2021.04.12
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