初めてだと。


キムドンヒョンに恋人ができた。
このことを知るものはいない。簡単にばれるような行動をとるタイプではないし、第一正直に話したところで誰が信じるというのか。
両親も弟も、学生時代の友人も、メンバーも会社の人たちも、そしてきっとファンのみんなも笑い飛ばすだろう。
「何の冗談?」
そう言って。
あるいは馬鹿な女に騙されてはいまいかと心配して「目を覚ませ」と相談に乗ろうとするかもしれない。
付き合い始めて数ヶ月、二人の秘密は守られ、それと同時にあまり進展もしていなかった。


*

中学に上がる前から練習生としてストイックに夢だけを追い続けてきた少年は惚れた腫れたの青春とは無縁の10代を過ごした。かと言って一切興味が無いわけではなく、ただ人並みの男の子としての機会や余裕がなかったのである。
そんなドンヒョンが好きになったのはあろうことか1つ下の同じグループのメンバー、チェボミンであった。
入社当時からデビュー後1年過ぎたあたりまではただただ可愛い弟だと思っていた。泣き虫で怖がりで、幼さの残るあどけない顔。背はドンヒョンよりずっと高くとも、1年の差は大きいと感じていた。年齢は下から3番目でも、アンモナイトズとしてヒョンラインと居ることの多かったドンヒョンが同世代とふざけ合うのはまだ少しぎこちなくもあった。

ミニ3集の準備を始めた辺りから初めての感情がどんどん生まれて手に負えなくなっていった。撮りたてのティザーをモニタリングしているとき、画面越しの強い眼差しに胸が跳ねた。ブックレット撮影の合間に笑って手を振ってくるその成熟の片鱗を覗かせる、ぐっと大人びた姿に知らぬ間に見とれていた。控え室でジボムやチャンジュニヒョンあたりと盛り上がっている声が聞こえると、そっちを見られなくなった。そんなときはイヤフォンをさしてゲームをしたり仮眠をとって心を落ち着かせようとした。面倒くさいジュチャンの絡みですら気を紛らわせてくれるなら少しは良いかと思うくらいだった。極めつけはマンネ特有の甘えを含んだボディタッチの多さだった。今まではまだまだ子供だなあ、くらいに思って微笑ましく感じていたはずなのに、寒いからと背中からデヨリヒョンに抱きついているところを見て黒い感情が渦巻いたのに気付いてしまってからはもう認めざるを得なかった。経験はなくとも流行のドラマは常に全編しっかり見るタイプであるお陰か、自分の中の変化に名前をつけることは難しくはなかった。
ただ、叶えたいという気持ちはなかった。同じグループのメンバーで同じ宿舎で生活しているのに片想いがバレたら気まずくなるどころの話ではない。実はグループ内には練習生のころから付き合っているヒョン達が居るのだが、彼らは例外中の例外なだけだと自分に言い聞かせた。
「あの2人は運命だったんだよ。俺とは違う。初めて会ったとき何も思わなかったのに今さらこんな感情、邪魔なだけなのに。」
万が一目で追っていることを指摘されても、ちょっかいを出されても、ボミンのイケメン度が増していることはみんなが認めるところであったから、素直に肯定しておけば逆に怪しまれないだろうとドンヒョンは考えた。それはあながち間違いではなかったのだが、高校を卒業した辺りからボミンのドンヒョンに対する絡みが多くなってきて平静を保つ難易度が跳ね上がってしまった。自分の気持ちがバレていて弄ばれているのかと本気で悩んだ日もあった。
そんな折、宿舎の引っ越しが決まった。ほぼ同サイズの部屋が4つ、2人・2人・3人・3人の4組に分かれて生活することになった。クジの結果がどうだったかは分からないが、デヨルとテグ、ソンユン、チャンジュンとスンミン、ジボム、ジェヒョンとジュチャン、そしてドンヒョンとボミンという組み合わせになった。スンミンは替えてくれ、もしくは入れてくれと懇願したが、「2人を制御できるのはお前だけだから」と聞き入れてもらえなかったらしい。正直言ってドンヒョンだって変わって欲しかったが、スンミンとの入れ替えだけは勘弁だった。付き合いが長いとはいえ、いやきっと付き合いが長いからこそ、あの2人との同室は避けたかった。デビュー当時から変わらぬ二段ベッドが1,1,2,1とそれぞれの部屋に割り当てられ、ソンユンとチャンジュンは1段目を改造してマットレスを横に並べるという不思議な使い方をすることになった。シングルベットを追加するほどのスペースはなかったし、4人部屋を作るのも窮屈だという結論に至ったためだった。
新しい部屋に荷物を運んでレイアウトを整えて、ドンヒョンは深く深呼吸をした。ボミンと2人、ということをどうにか考えないようにしなければと少し焦ってもいた。幸いボミンは初出演のウェブドラマの撮影で忙しくしていたのでしばらくは大丈夫なはずであった。

ピッピッピッピッピッピ・・・ピピーーー
引っ越して数日経った頃、撮影を終えて深夜一時過ぎにボミンが帰宅した。遅くまでゲームをしていたドンヒョンはまだ布団に入って目を瞑ったばかりで、部屋の電気がついたらお疲れ様でも言ってあげようかと待機していた。
ガチャッ
部屋のドアが開いて、スタスタと歩く音がしたと思った次の瞬間、ボミンがドンヒョンの上にどさっと落ちてきた。
「やー!ボミナ、何してるんだよ。起きろ。」
「・・・」
「さっさと洗って着替えてちゃんと自分のベッドで寝ろ!」
「ヒョンが俺のこと好きって言ってくれたら退きます。」
「は!?何言って・・・」
「あ、ヒョン、耳赤くなってますよ?」
そう言って耳たぶをつまむ手を払いのけて、ドンヒョンは上半身を起こした。
「こんな暗い部屋で分かるわけないだろ!」
「ドンヒョニヒョン、好きです。俺と付き合いましょう。」
一見ドストレートなようで、どこか自信に満ちた告白の言葉。普通は付き合って下さいだろう、とドンヒョンは脳内で突っ込んだ。
「台詞の練習なら起きてからにして。」
「何で誤魔化すんですか?ちゃんとドンヒョニヒョン、って言いましたよ。ヒョンだって俺のこと好きなくせに。」
「信じられない。」
「それなりに態度に示してたと思いますけど・・・足りなかったならもっと分かりやすくします。やっと同室になれたんですし。ここまで伝えるの我慢したことを評価して欲しいくらいです。」
「まさかお前・・・クジに・・・」
「さあ?それはどうでしょうね?」
細工を施すとしたらソンユニヒョンあたりだと思っていたが、ボミンがそこまでやるとは。恐ろしいマンネである。
「一応聞くけど、俺、男だよ。」
「関係ないですね。俺はドンヒョニヒョンが好きだし、誰よりも可愛いと思ってるし独り占めしたいと思ってますよ。」
「そんな恥ずかしい台詞よく・・・ああもう、分かったよ。秘密にするなら、いいよ。」
「本当は言いふらしたいですけど断られる方が嫌なので秘密にしますよ。でも、好きって言ってくれないんですか?」
「絶対に誰にも言うなよ!っ・・・それは・・・そのうち・・・」
「じゃあ今日の所はこれで。」
そういってボミンはドンヒョンの唇に触れるか触れないかの優しいキスをした。ドンヒョンに怒られる前にさっとベッドから降りて逃げるようにシャワーへ向かった。

*

あの日から数ヶ月。どんどんイケメン度が増していくボミンに慣れることはなく、ドンヒョンは翻弄され続けていた。カメラやメンバーの前ではマンネとして許される範囲でじゃれついてくるが、一旦部屋に入ればパーソナルスペースなどお構いなしに常にドンヒョンにくっついているのだった。鬱陶しいと思う反面、付き合っているのだからこのくらい当たり前なのだろうと思って自分を納得させている部分もあった。自分からまだ「好き」と伝えていない後ろめたさも手伝って、ボミンの侵入を許し、それが当たり前になりつつあった。絆されている自覚もあったが、惚れた弱みというやつで、抗うことが出来なかった。

ただ、軽いキス以上に進む気配が見られないことがドンヒョンをやきもきさせており、何もしてこないボミンに対してどう接するのが正解なのか分からなくなっていた。。いくら堅く対人距離を守るタイプだといっても、経験値がないといっても、彼だって年頃の男なのである。そういうことにだって人並みに興味はあるのだ。自分から話すことはまずないし、周りが話してても話題に乗っかることもないのだが、いざ自分に恋人が出来たら考えないわけがなかった。やっぱり気になって色々と調べては考え込み、一人でもんもんとしたりそわそわしたりしていた。一度そんな空気になったときに「まだ早いから」と制止したのは自分なのに、手を出してこないイコールそこまで思いが強くないのではないか、ドンヒョンの気持ちに気付いたからちょっとからかってやろうと冗談で告白してきただけじゃないかとボミンを疑ってみたりもした。そんなときは「機嫌の悪いヒョンも可愛いですね」とギュッと抱きしめて頬にキスを落とすからまた振り出しに戻るのだ。

これでは埒があかないと、ドンヒョンは身近なカップルを観察することにした。ドンヒョンが出会った頃から――2人が高校生の時から――付き合っているグループ次男チェソンユンと三男イチャンジュンである。ドンヒョンは「無自覚お花畑カップル」と揶揄して長年置物のように扱っていた(他を寄せ付けない2人なせいもある)が、自分が同じ立場になった今は意識せずには居られなかった。
「とりあえず・・・ソンユニヒョンが攻め、なんだろうな」
覚えたての知識を元にそんなことを考えてみたりした。本人達に確認しなくともこれにはドンヒョンも自信があった。そしてボミンがそっち側であることも明らかであった。となると・・・とさらに先を調べては頭を抱えた。こんなこと本当に出来るのだろうか、チャンジュニヒョンは平気なのだろうか?と好奇心なのか不安なのか良く分からない気持ちがわき上がってくるのである。

改めて注視してみるとチェソンユンとイチャンジュンはとても自由奔放な二人で、関係を知るものからしたらつっこっみたくなるくらい分かりやすい態度ばかりであった。チャンジュンに対してとことん甘く、常に自分が一番じゃないと気が済まないといった様子のソンユンと、所構わず注がれる熱い眼差しや不意打ちのマウントに表情管理が崩れて挙動不審になりがちなチャンジュン。二人で姿を消すことも多く、外食もジョギングも海外遠征の自由時間も完全に二人きりじゃないにしても別行動な事のほうが圧倒的に少なかった。メンバーしかいない空間では隠す気ゼロといった様子のソンユンと一応パフォーマンスとして抵抗するふりをするチャンジュンがいちゃついているのは日常茶飯事であった。


例えばそれはボミンのウェブドラマをみんなで見ようという話になった日。メンバーみんながリビングに集まって、テレビを囲んだ。ソファにはテグ、スンミン、ジェヒョン、ドンヒョン、その前の床にジュチャン、デヨル、ジボム。チャンジュンはソファの後ろに片手をついて半分寄りかかるように、ソンユンは壁に寄りかかって遠目に見守っていた。甘いシーンが続く中、「うへぇ」とリアクションをとり顔をしかめながらわざとらしく口を押さえる面々、クッションを抱えて少し隠れる面々、両手で顔を覆う面々。そしてキスシーンにさしかかったとき、ドンヒョンは指の隙間から何となく後ろを確認した。そこで目に入ったのは、もう一つのキスシーンだった。いつのまにか移動していたチャンジュンは壁に背をつけ、ソンユンが覆い被さるように唇を奪っていた。宿舎で、リビングで、みんなが居る中で。あまりの大胆さに、ドンヒョンは幻を見たのだと思った。幸か不幸か、気付いたのはドンヒョンだけで、二人もドンヒョンには気付いていないようだった。
「もしもし?あ、はい。今行きます。」
出前のと思われる着信に答えながら、顔を真っ赤にして固まるチャンジュンを置いてソンユンは部屋を出て行った。そのまま床に崩れ落ちてしゃがみこみ顔を覆っているチャンジュンを見て、ドンヒョンは他人事とは思えなかった。秘密にしてと頼んでいなかったら、ボミンだってやりかねないと思うのだ。
ガチャッ
再びドアが開いて美味しそうな匂いと共に戻ってきたソンユンは冷蔵庫から炭酸飲料を取り出すと部屋に入っていった。ドラマはちょうど次回予告を流していた。
「チャンジュナ、冷める前に食べよう。」
「あ、はい!」
「えー!二人で出前頼んだんですか?何で誘ってくれないんですかーーー俺もお腹空きました!」
顔を作り直して部屋に入ろうとするチャンジュンの腕をヨンテギが掴んだ。その手をやんわりとどかして、ソンユンはにやっと笑う。
「二人分しかないから、ごめんね。」
なおも便乗したがるヨンテギをスンミンが引き留めて残りでピザでも、という話になった。
ヒョン達が二人で食べに出かけたり出前を頼むのは良くあるのに普通に入っていこうとするヨンテギヒョンは何なんだろう・・・?俺だったらソンユニヒョンが恐くてあんなこと出来ないや。
気にするな、というようにデヨルが肩をたたいたので、ドンヒョンはそのままピザの種類を選ぶ面々に加わった。部屋の中ではソンユンとチャンジュンがメインを仲良く半分こして楽しく食事を開始していた。


また別の日、ドンヒョンはテイクアウトしてきたチキンを頬張りながらリビングでバラエティ番組を見ていた。コンビニの袋を片手に練習から帰宅したチャンジュンが冷凍庫にビールを突っ込むとドンヒョンの元にやってきてチキンを丸ごと一つ口に入れた。ドンヒョンが文句を言う暇もなく部屋に消えていき、すぐにシャワーの音が聞こえてきた。数分後に今度はソンユンがもっと大きな袋を引っさげて帰宅して、やっぱり冷蔵庫にドカドカと突っ込むとドンヒョンの元にやってきた。
「何見てんの?あ、ヤンニョム一つもーらい。」
チキンで膨らんだ顔を嬉しそうに揺らし、鼻歌を歌い、「チャンジュナ先に帰ってたんだねぇ」と呟きながら部屋に消えていった。ドンヒョンがほっとしたのもつかのま、洗い終わったチャンジュンが肩にタオルを垂らしたままソンユンの鼻歌の続きを歌いながら出て来て、冷凍庫からビールを取り出してドンヒョンの隣に腰掛けた。
「いや~風呂上がりのビールは最高だ」
「はあ・・・お父さんですか?お祖父さんですか?」
「何だよ、アドゥル。お前も飲むか?」
「いりません。」
チャンジュンは時々テレビに突っ込みながらチキンも奪いつつビールをグビグビと飲んでいた。一本目が空になった頃、洗い終わったソンユンが同じようにやってきた。ドンヒョンがコントでも見ているのかと錯覚するくらい絶妙なタイミングである。
「やー、チャンジュナ、先に一人で飲んでんのか?ビールまだあるよね?」
「あと2本あります。持ってきて下さい~」
慣れた手つきで王冠を開けローテーブルに2本並べて置くと、ソンユンはチャンジュンの隣に腰掛けた。
「お、まだ食べ終わってないの?じゃあチメク!」
そう言ってまた一つ奪われたドンヒョンはもはや抗議する気力もなくただテレビに集中しようとしていたが、それもやはり無理な話であった。テレビで流れる曲を歌い出したり一場面から連想して話が脱線していくヒョン達の声が大きすぎるのだ。ボリュームを上げたらさらに大きくなるだけで、その騒がしさに今度はジュチャンがやってくる始末だった。
「チメクですか!?俺も俺もー!」
「もうビールないよ。」
「冷蔵庫に焼酎入ってるから出してきて。」
ジュチャンに床を譲ったソンユンはソファーに移動してチャンジュンの真後ろに陣取った。ドンヒョンのチキンの半分はすでにヒョン二人のお腹に入っていたが、それでもドンヒョンのペースが遅いせいでまだ数個残っていた。ジュチャンは何も言わずに一つつまんで数秒で飲み込んでしまった。
「やー!ジュチャナ!お前はさっきラーメン二袋食べてただろ!?」
「どうせ食べきれないだろ?」
喧嘩を始めた二人の騒がしさにテグもひょっこりと顔を出して、別の部屋のジェヒョンとボミンを引っ張りテレビゲームを開始した。この時点でもう収拾がつかないくらいカオスな状況なのに、ソンユン、チャンジュン、ジュチャンの焼酎の手は緩む気配がないどころかペースが上がってきていた。
「追加しましょうよ。」
「買いに行くの面倒くさい。」
「スンミナ、今お前どこ?あ、帰るとこ?デヨリヒョンも一緒?そしたらスーパー寄って適当に焼酎買ってきて。」
スンミンとデヨルは重そうな袋を抱えて帰宅して、シャワーをさっと浴びてから合流した。その頃にはドンヒョンは持てるだけのゴミを抱えてキッチンに移動し、一人で片付けを開始していた。どんどん増えていく空き瓶と床に散らばるお菓子のかすを回収したい気持ちをぐっと抑え、ドンヒョンは遠巻きにその動物園の様子を冷たい目で見守った。
何となくソンユンの方を確認すれば、真後ろのソファに座ってチャンジュンにこっそりちょっかいかけていて、もたれかかるチャンジュンを両足で挟む形になっていた。
「ヒョン~なんですか~?」
チャンジュンは赤くなった顔で背中を反らしソンユンを見上げていて、結局二人の世界なんだな、とドンヒョンは思っていた。
「今・・・ソンユニヒョン可愛いなあもう、って思ってますよきっと。」
いつの間にか帰宅してドンヒョンの隣に立っていたボミンがそっとそう耳打ちした。
「お前・・・知ってたの。」
「気付かないわけないじゃないですか?」
まあ、あんなに堂々としていてボミンが知らないわけないか・・・と納得しつつ、真似してくっつこうとしてくるボミンを抑えながらドンヒョンは観察を続けた。
眠くなったフリをしてチャンジュンの肩に頭をぐりぐりするソンユンはそのまま寝てしまった。いや、寝た演技をしていた。スンミンもチャンジュンも指摘するのが面倒なので騙されたことにして行動しているのだ。
「俺先片付けてるのでソンユニヒョン運んできて下さい」
「おー」
チャンジュンは自身に被さり吐息を立てるソンユンを背負って運んだが、ベッドについた瞬間形勢は逆転し、チャンジュンは押し倒されて唇を奪われていた。
「みんなまだリビングに居るんですけど!てかスンミン入ってきたらどうするんですか!?」
「大丈夫だよ。ね、ちょっとだけ。」
スンミンは部屋の状況がそれとなく分かっているためゆっくり洗い物をしているのだが、それを知らないドンヒョンは内心ドキドキしながら片付けを手伝っていた。全てを把握しているボミンはそんなドンヒョンを楽しく鑑賞しながら手伝いはせず口で指示だけ出していた。
「ヒョン、そこ、テーブルの脚のとこ、袋落ちてますよ。」
「スンミニヒョン、部屋戻んなくて良いんですか?そんなに時間あげるなんて優しすぎません?」
「やー、ボミナ。俺の苦労を知らないくせに。お前はあの二人のラブシーン見たいと思う?」
「絶対嫌ですよ。」
「ほーら。まあ俺も眠いからそろそろ行くけど。」
そう言って、スンミンはわざとらしく強く3回ノックして咳払いまでしてから部屋に入っていった。お疲れ様です、とドンヒョンは心の中で頭を下げた。



そんなこんなでドンヒョンの観察は続いたが、その間もボミンは手を出してこなかった。ランニングや練習に向かうといって二人が一緒に宿舎を出て行く際は「きっと今からMテル行くんだろうな。」と察するほどに兄カップルのことを知り尽くしてしまったというのに。ソンユンとチャンジュンが人目もはばからずに幸せそうにしている光景を見すぎて自分の状況と比べてしまい、フラストレーションがたまるのだった。ボミンはといえば、ドンヒョンが色々と調べて一人悶々と考えていることを分かっていながらあえて何もせず状況を楽しんでおり、あわよくばドンヒョンから言い出してくれないかと個人的な賭けまでする始末であった。

このままでは埒があかないと判断したドンヒョンは恥を忍んでチャンジュンに救いを求めることにした。ボミンが撮影で一日居ない日を狙って部屋に呼ぶと渋々こう切り出した。
「チャンジュニヒョン、相談したいことがあるんですけど・・・」
「おー、どうした?振り付け?」
「プ、プライベートなことで・・・絶対秘密にして下さいね。」
「もしかして恋愛相談?ってアドゥルに限ってそれはないか。」
「そうです。」
「・・・え?」
プライベートと言って思いついたまま適当に、冗談のつもりでそう言ったのにドンヒョンがそう肯定したのでチャンジュンは拍子抜けしてしまった。約一年ぶりの活動、それも初の正規集に向けて各々が努力を重ねている今、グループ屈指の練習の虫でストイックなダンスリーダーであるドンヒョンの口からそんな言葉が飛び出すとは想像も出来なかった。
「そんな素振り見せたことなかったじゃん。」
「当たり前じゃないですか、ヒョン達とは違いますよ。ちゃんと隠してるんです。」
「ちょっと待って・・・付き合ってるの?」
ヒョン達、の"達"が引っかかったチャンジュンはそう聞き返した。
「まあ、はい。」
「いつから?」
「引っ越してすぐ。」
「誰だよ?教えないとお前の話は聞かないぞ。」
「ここまでのヒントで分かりませんか?ヒョンと同じですよ、その・・・ルムメ。」
「まさか。」
メンバーの誰かならジュチャンかボミンか、とは思ったけれど、それでも半ば信じがたい事実であった。ドラマではラブシーンをこなし、音楽番組の顔も務めているあのマンネボミンが男に興味があったことが何より驚きであった。いや、でもドンヒョンだから、何だろうなあ・・・とチャンジュンはすぐに思い直した。
「口外禁止ですからね?ソンユニヒョンにも言っちゃダメですよ。」
「お、おう。それで相談って?喧嘩してるようにも見えないけど?」

仕事のことかと構えていたところに落とされた爆弾カミングアウトがまさかの受け談義だったため、チャンジュンはすっかり浮かれてしまった。聞かれてもいないのに、調子に乗ってアドバイスという名の惚気攻撃を開始してドンヒョンは両耳をふさいだ。だいたい、ソンユンの魅力はドンヒョンだって十二分に分かっている。いまさら新しい情報など・・・これからドンヒョンが持ち出そうとしている話題以外にはないはずである。

「痛かったですか?」
耳まで真っ赤にして、覚悟を決めてドンヒョンはそう切り出した。正座して拳を握りしめて床を見つめてどうにか羞恥心と闘いながらチャンジュンの答えを待った。
「うりアドゥルとこんな話をする日が来るなんて・・・。」
「どうなんですか?」
「そりゃ、もちろん痛かったよ。というか、普通に失敗したよ。」
チャンジュンは見栄を張ることはやめ、弟のために正直に答えてあげることにした。二人の初めて――七年前――は今でも鮮明に覚えていた。

チェソンユン高校三年、イチャンジュン高校一年の秋頃だった。初対面でベルが鳴ったチャンジュンに対し「生意気な目つきだ」と強い訛りでキツく言い放ったソンユンであったが、練習、登校、そして日々の生活を共にする中でごく自然に惹かれあい、恋人同士になるまであまり時間はかからなかった。キスの先への興味が尽きない年頃であったから、初めての試みまではすんなり到達した。しかし、初めて同士気持ちばっかり先走っていた二人であったため、一回目は完全に失敗であった。どちらが上かは何となく決まった感じで、そもそも高校生にとって二歳の差は大きいこともあり、チャンジュンはソンユンに言われるままに従った。指だけでもものすごく痛くてたまらず、チャンジュンは絶対に無理だと思った。あまりに辛そうな様子に、さすがのソンユンも強行突破する気にはなれなかった。それからはなかなか進むことが出来ず、チャンジュンが逆をやらせて!と迫って喧嘩になったこともあった。
「ヒョン、俺が試しちゃダメですか?」
「は?何言ってんだよ。」
「だって・・・出来る気がしないし。それに俺の方が・・・その・・・大きいじゃないですか?」
「ああ、もう諦めたいって?試したいなら他の奴と付き合えば?」
「何でそうなるんですか!別れたいなんて言ってないですよ!」
「どーだか。」
このときは一週間くらい口をきかなかったと思う。それでも互いに好きな気持ちは育つばかりで、やっぱり一緒になりたくて、隠れて色々と勉強していたのだった。どちらともなく謝ってリベンジを誓い、「俺たちのペースで行こう」と手探りで慣れていった。繋がれた日は苦労した分感動が大きくて嬉し泣きをしたのだが、そのことは永遠に二人の秘密である。最初の頃が嘘みたいにどんどん成長していった二人は結局のところ相性抜群で、逆など考えられないくらいチャンジュンの身体は作り替えられていった。セクシーコンセプトがとても似合うと言われる所以のあふれ出る色気はチャンジュンのお陰と言っても過言ではなかった。鶏が先か卵が先か。チャンジュンと重ねる度にフェロモンが増すのか、日々増しているフェロモンにチャンジュンが抜け出せなくなっているのか。きっとその両方なのであろう。

チャンジュンは経験に基づき、しておいた方が良い準備と必要なものを事細かく伝授して、たっぷり"恋愛の先輩"を見せつけられたことに大満足であった。相手がボミンならあまり心配はしていなかったが、一応成功をお祈りして部屋を後にした。

ソンユニヒョンあんな見た目で下手な時代あったんだな・・・全然想像できないや。
そうドンヒョンは思いながらチャンジュンに散らかされた部屋の片付けを開始した。
それから一週間のうちにこっそりとアイテムを揃え、その日がいつ来ても良いように着々と準備を進めた。もちろんそんなことまで全てお見通しなボミンはソンユンと結託し裏で手を回し、休暇のスケジュールを調整して宿舎に二人きりになれる時間帯を作り出した。ボミン、ジェヒョン、チャンジュンが夕食時まで収録が入っている日で、ドンヒョン、ソンユン、ジュチャンは練習室に籠もり、他のメンバーは前日や午前中にそれぞれの実家に帰っていた。ソンユンとジュチャンは収録を終えたチャンジュン、ジェヒョンと合流して外食をし、チャンジュンから「絶好のチャンス」と聞かされていたドンヒョンは疲れたからと断って一人で宿舎へ帰った。シャワーを浴びて隅々まで綺麗にすると、何日も考えてきた台詞を脳内で反芻しながらボミンの帰りを待った。
「ボミナ、おかえり。今日もお疲れ様。」
「あれ、ヒョンだけですか?」
「うん。帰省したり外に食べに行ったりしてる。」
リビングで気を紛らわそうと適当にテレビを見ていたドンヒョンは、ボミンが洗って戻ってくる頃にはベッドに腰掛けて石のように固まっていた。
「ヒョン、具合でも悪いんですか?」
分かりやすく緊張している恋人が面白おかしくて笑いを堪えながら、自ら作り出した状況にしらばっくれてボミンはそう尋ねた。
「ボミナ。」
「はい?」
「俺たち付き合ってからもう数ヶ月経ったけど。」
「ですねえ。」
「俺だって男だから・・・色々調べたし・・・そろそろ・・・その・・・」
「何ですか?」
「分かるだろ?」
「えー分かりませんよーハッキリ言って下さい。」
何て言えって?あの単語を口にしろって?頼めって?それとも・・・抱いて、とか?そんなの俺には無理に決まってるじゃん。
「これ。」
さすがにダイレクトに話題にする度胸はなかったので、代わりにドラッグストアの袋を差し出した。中身を確認したボミンはにっこり笑ってドンヒョンの頭を撫でた。完全に子供扱いである。
「ちょっと不満ですけど、まあ及第点ですね。どうせ今日の予定でしたし。」
「は、え?」
「ヒョン達、夕食の後映画行くって。あ、ジェヒョニヒョンとジュチャニヒョンはそのまま実家帰るって言ってた気もしますね。」
「お前・・・」
その先の抗議は許されず、ドンヒョンは人生初の大人のキスに酔いしれた。慣れた手つきで脱がされることに少しムッとしつつ、口づけが落とされた場所がどんどん熱を帯びていくのを感じた。いざボミンの手が核心に近付くと、苦痛を覚悟し歯を食いしばって目をギュッと閉じた。繰り返される深い口づけに必死に答えている間にほぐし終わり、そのまま最終段階に向かおうとしていた。 「ヒョン、入れますよ?」
「ちょっとま・・・痛・・・くない?あれ?」
あまりにもスムーズなのでこれが経験の差なのかとドンヒョンはちくりと痛む胸に気付かないふりをした。・・・ずっと見てきてそんな時間なかったはずなのに、いつ?まさか中学ですでに?いや、女優さんと・・・?
脅されてたのに全然痛くないどころか普通に気持ちよくなってしまい、快感を覚えはじめている自分が信じられなかった。ひたすら声を我慢しようと両手できつく口を覆った。それもこれもボミンが上手すぎるせいだ。
「ヒョン・・・ドンヒョニヒョン・・・キスしたいんですけど?」
「んっ・・・ボミナ・・・あっ!!!!!」
「もう一回。」
「時間!今何時?」
「あー大丈夫ですよ?寄り道してくるってソンユニヒョンから連絡もらってますし。」
観察を重ねたドンヒョンにはそれだけで十分伝わった。要するに、兄カップルもお楽しみというわけである。そしてその晩、体力を使い果たしたドンヒョンが布団にくるまってノーの姿勢を崩さなくなるまでボミンは幾度も、文字通りドンヒョンを抱き潰した。しばらくして吐息を立て始めた恋人の寝顔を余すことなく堪能した後、ボミンは満足して眠りについた。

「やー、お前どこで習ったの?」
翌朝。前夜の出来事を反芻しながら顔を真っ赤にしたドンヒョンがそう尋ねた。
「何が?」
「その・・・き、きのう・・・」
「昨日ですか?あーおれヒョンが初めてですけど?」
「は?え・・・?」
初めて・・・?あれで?嘘だろ?
何か問題でも?とでも言いたげなすました顔であざとく首をかしげるボミンには、さすがのドンヒョンもどん引きであった。どこまでも隙がない一つ下の恋人に、ドンヒョンは白旗を揚げ続けることになるのだろうか。



***


ぼみどん×ゆんじゃん第二弾。
カムバ期間書けなかったのでちょっと時間かかってしまいました。。
とにかくGAME CHANGER期最高です!!!
2021.08.27


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