02 ♪Why not me/Yoon Jisung

1月頭の卒業式の後すぐ、チャンジュンは近所に引っ越してきた。スポーツ推薦で、2月からは同じ体育大学に通う。部活も学科も、また一緒の日々が始まるのだ。
学生数の多い大学ともなれば、学外も含めて出会いのチャンスはぐっと増えるから、きっと・・・今度こそちゃんとした恋人が出来るんだろう。彼の思いを受け止めてくれる男が現れるんだろう。この部屋には、俺以外の男が入り浸るようになるのかも知れない。俺の部屋になんて、もう来なくなるかも知れない。
わくわくを抑えきれない様子のチャンジュンを横目に部屋の片付けを手伝いながら、そんなことを考える俺の心は果たしていつまで保っていられるのだろうか。

入学式の数日前、新入生が合流した最初の練習が行われた。部長であるデヨリヒョンと共に顧問からの指示をもらってから一足遅くトラックへ向かうと、部員達はすでにウォーミングアップを開始していた。その中にチャンジュンの姿を一瞬で見つけた自分に呆れてしまう。
「ソンユニヒョンー!!!」
階段を降りている途中でチャンジュンも気付いたようで、大きく手を振ってきたと思ったら、一目散に駆けてくる。
「え?オッパのなんなわけ?」
「あの一年恐い物知らずすぎるだろ・・・副部長相手に・・・」
この見た目と"エース"という肩書きのお陰で女子から人気が高い反面、冷たく厳しい、近寄りがたいイメージで通っているからか、あちこちからそんな声が起こる。チャンジュンの耳には届いていないようで、駆けてきた勢いのまま抱きついてこようとする。右手で頭を抑えてそれを阻止すると、少しだけ不満そうな顔をする。
「何しようとしてるんだよ。」
「ごめんなさい。ヒョンとまた一緒に走れるのが嬉しくて身体が勝手に動いてました。」
はあ・・・。無意識なのが罪だと気付く日は来ないだろうけど、可愛すぎるからやめてほしい。
「お。この子が前言ってた幼馴染?確か・・・チャンジュン、だっけ?」
「そうです。」
体勢を戻して、俺の隣に立つデヨリヒョンに視線を向けたチャンジュンが一瞬固まったのを、俺は見逃さなかった。やっぱりな、と思った。予想をしていても、締め付けられるこの胸の痛みからは逃れられないことを知った。
「初めまして!ソンユニヒョンの友達ですか?名前は何て言うんですか?彼女は居ますか?」
「え、あ・・・初めまして。イデヨルです。兵役終えてるから93年生だけどソンユンと同じ学年だよ。」
「部長を困らせるなよ。彼女は・・・居なかったですよね?」
「うん、ソンユンと違って俺はモテないからね。」
「こんなにかっこいいのにですか?」
「はは、お世辞でも嬉しいよ。ありがとう。」
「本心ですよ!」
"俺も今彼女居ないけど"そう言いかけてすぐにやめた。すでにチャンジュンの瞳にはデヨリヒョンしか映っていないのに、何の意味があるって言うんだ。兵役帰りの元彼と復縁するからとフラれたなんて、惨めでしかない。これっぽっちも傷ついていないのに慰められるなんて滑稽にも程がある。計算で付き合う人間の気持ちなんて、いつでも全力で恋するタイプの彼に理解できないだろうし、軽蔑されるのはさすがに耐えられそうにない。

その日の練習後の飲み会でも、チャンジュンはずっとデヨリヒョンの隣に陣取っていた。女子に周りを固められてしまったせいで、側で見守れないことがもどかしかった。時折視線を送ってはみるが、幸せそうに口角を上げてよく話し、良く笑い、酒が進んでいるようで、俺の心配に何てまるで気付いていなかった。それどころか、逆にデヨリヒョンからSOSらしき目配せが飛んでくるほどだった。
「チャンジュンお酒弱いのか?大丈夫か?」
「年明けてから何度か飲んでますけど、たぶん強い方ですよ。あのテンションのことなら通常運転なので問題ないかと。」
「そうか?じゃあ飲み過ぎたのかな?もうすぐ寝そうだけど。」
チラホラと帰る人が出てくる中、お手洗いの後に立ち寄ったデヨリヒョンがそっと耳打ちをしてくる。視線を移せば、確かに重いまぶたと戦っているように見えた。それでも、デヨリヒョンとこそこそ話す俺に嫉妬していることが、かすかにしかめられた眉ととがらせた唇から見て取れた。俺に迫る女子に対してその顔をしてくれたらどんなに嬉しいだろうか。一瞬よぎる不毛な思いに蓋をして、帰り支度をはじめた。完全に寝られたら運ぶのが大変になる。
「家近いんで、送っていきます。」
「おー、頼んだ。こうなる前に水にしておくんだったな、ごめんな。」
「いえ。気にしないで下さい。冷気にあたれば少しは醒めるでしょう。」
寝ぼけるチャンジュンにコートを着せ、リュックを背負わせる。
「まだ帰りたくないですよ~ヒョン~」
「何言ってんだ。ほら、自分で歩けって。じゃあお先に失礼します。」

「ソンユンオッパ!!」
店を出てすぐ後ろから追いかけてきたのは、ずっと向かいに座っていた新入生の女子部員だった。
「ん?話ならまた今度・・・。」
「短距離専門、ユンウォニです!大会で見かけたことあってずっと気になってたんです。付き合って下さい!!」
「あー・・・、うん。いいよ。」
打算じゃない相手は本当は避けたいのだが、今の俺は半分自暴自棄だった。チャンジュンのことを考える邪魔をしてくれるくらい面倒くさい子がちょうど良いんじゃないかと思った。 この子の目が、チャンジュンが恋してるときの目と同じだったせいでもあるだろう。
「ホントですか!?やった・・・嬉しいです!これからよろしくお願いします!」
「うん、よろしくね。」
「う~・・・ヒョン、頭痛いです~~」
「ったく。何本開けたんだよ。」
連絡先を交換して店を後にし、コンビニで薬と水を買ってから最寄り行きのバスに乗り込んだ。発進してすぐ左肩にもたれかかって吐息をたてはじめたチャンジュンの頭を、そっと窓側に倒して深いため息をついた。今日一日でかなり寿命が縮まった気がする。
♪カトッ
絵文字だらけのトーク画面に、少しだけ良心が痛んだ。いたいけな新入生を利用するところまで落ちてしまったこんな俺には、どうか気付かないで欲しい。

「さっきの薬と水、ここに置いたからな。じゃ、おやすみ。」
「え、ヒョン、泊まっていかないんですか?」
「すぐそこなんだから帰るよ。」
「シェアにすれば良かったんですよ。・・・じゃあ明日、ヒョンの部屋行っても良いですか?」
「いつでも来て良いって言ってるだろ?明日は1日家に居るよ。」
「チキン買って行きますね!おやすみなさい。」
「チーズボールも追加で。」

明日チャンジュンの口から聞かされる話なんて、大体予想がつく。協力を頼まれることも覚悟の上だ。
また一層深く抉られるくらいなら、心など捨ててしまいたい。夜空を見上げ、冷たい空気を胸一杯に吸い込んで、この痛みは寒さのせいだと心に嘘をつく。
大丈夫、まだ笑える。まだ、誤魔化せる。
そう言い聞かせながら帰路についた。



***


けーぽ失恋ソング集を聞きながら書いてたら感情移入しすぎて泣きそうになりました。
2021.03.15


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