04 ♪Stuck On/Kim Sunggyu

新学期初日、久しぶりの朝練に少し重いまぶたをこすり部室の前に行くと、何やら人だかりが出来ていた。俺に気付いたデヨリヒョンが少し安堵した表情を見せながら向かってくる。
「チャンジュナ、おはよう。ソンユンと一緒じゃないか?」
「ヒョン、おはようございます。いえ・・・何でですか?」
「この人達が探してて。」
人だかりを形成していたのは芸能人のように着飾った女子大生達で、言い争いをしているようだった。
「ソンユンオッパは!?」
「大会が終わったら付き合ってくれるって言ったのに連絡帰ってこないんだけど!」
「ちょっと、わたしと付き合うって言ったのよ?」
「は?わたしだけど。いつ告白したのよ?」
「わたしは彼女居るときに予約取り付けてたわよ!」
どうやら、付き合うことを承諾してもらったと主張する女子が何人も居るらしい。ウォニと別れたことは把握していた。だけど、複数と交際するタイプだとはさすがに思わなかったし、積極的にトラブルを生み出すことは嫌いなはずだった。
彼女候補と思われるその人達はトラックの外でもお互いににらみ合いながら待っていたが、結局ソンユニヒョンは朝練どころか、その日は校内に姿を現さなかった。電話は繋がらなかったし、カトクの既読もつかなかった。
「どうしたんだろう・・・練習も大学もサボるなんてヒョンらしくない。」
「確かに変だね。同時に告白されたわけじゃないみたいだし、普通は早い者勝ちなのに。今来たら確実に刺されるよ。」
「刺される・・・?早い者勝ち?」
困惑する俺に、ウォニは淡々と俺の知らない"ソンユニヒョン"の話をしてくれた。
「そっか、男子の方には噂流れてないんだね。幼馴染でも知らないこともあるよね。オッパ、"レンタル彼氏"ってあだ名があるんだよ。来る者拒まず去る者追わずだから、ハイスペック彼氏が欲しい女子が常に順番待ちしてるの。好き嫌いじゃなくて打算で付き合う人種なの。決して甘い彼氏じゃないし、記念日しか向こうからは連絡来ないんだけどね。望めはだいたい何でもしてくれるから、アクセサリーとしてちょうど良いんだって。ただ、デートの途中でも連絡が来ると平気で抜け出すし、絶対に1番にはなれないっていうか心は手に入らないから、長続きしないんだよ。」
「ウォニは好きで付き合ってたよね?」
「うん、先輩達からはやめとけって釘さされてたんだけど止められなくて。ま、片想いのまま付き合うのはやっぱり続かなかったけど。」
「後悔してる?」
「全く。振り向かせられなかったけど好きな人の彼氏にはなれたわけだし。良い経験になったかな。」
彼女がころころ変わるな、とは思っていたけど、そんな事実があったなんて全然知らなかった。ソンユニヒョンがフラれる側だったなんて想像もつかなかった。いつでも親身になって話を聞いてくれて、建設的な意見を述べてくれるとっても温かい人なのに・・・どうして?何か別の理由があるんだと信じたい自分がいる。
「運命の人を探している途中で、その判断が早いだけ・・・とかじゃないのかな。いつも"今度こそ"って思ってるんだよきっと。」
「あんたはお花畑で良いね。まぁ・・・悪い人じゃないことは確かだから、チャンジュンは軽蔑したりしないであげてね。」
「ロマンチストって言ってよ。もちろん、信じてるけど。」

部活の後でソンユニヒョンの家にも寄ってみたが、留守なようだった。パスワードが変わっていて入ることも出来なかった。実家にも連絡してみたが、知らないとのことだった。
「本当にどこにいったんだろう?」
事故とかであれば家族に連絡が行くはずだし、そもそも俺に黙ってパスワードを変えた事なんて今まで一度も無かったのに。
『誕生日おめでとうございます、ヒョン!今日家に居ますか?』
『ありがとう。いや、今実家帰ってる。』
『じゃあ戻ってきたら連絡して下さいね!』
最後のメッセージは7月31日、ヒョンの誕生日で止まっていた。8月は部活がない分短期バイトを入れていたし、初めての"両想い"に舞い上がっていたからすっかり忘れていたが、プレゼントだってまだ渡せていなかった。

次の日も、その次の日も、ソンユニヒョンは現れなかった。彼女たちから逃げていただけではなかったのだ。
ソンユニヒョンは部活をやめていて、大学は休学扱いになっていた。理由も行き先も期間も規則だからと教えてもらえなかった。アパートは7月末で解約されていて、すでに違う住人が入居していた。何度かけても電話に出てくれないし、既読がつく気配も全くなかった。

「やっぱり警察にも・・・。事件に巻き込まれてるかも知れないじゃないですか。」
「いや、どう考えても自主的だろう?」
「脅されて仕方なく、とか。」
「ソンユンに限ってそれはないだろう。俺たちが知らない何か・・・悩みとか病気とか・・・抱えてたのかな。」
「俺に隠し事するなんて!俺は今まで何でも話してきたんですよ・・・悲しいより怒ってますよ今。」
「そのうち戻ってくる・・・と思うよ。」
「ヒョンの所には連絡来てないですか?」
「いや、俺も誕生日が最後だよ。"チャンジュンのことよろしくお願いします。ヒョンとなら絶対に幸せになれますね。泣かせないで下さいよ"って。」
何だそれ。まるで役目が終わったみたいな言葉じゃないか。恋人が出来たからって、それがデヨリヒョンだからって、関係ないだろう?ソンユンヒョンにとって俺はその程度だったのか?胸の奥から湧き上がるモヤモヤとイライラで折角のデートが台無しだ。

そして秋夕の連休がやってきた。今年は一緒に帰省するものだと思っていたのに、隣には知らないビジネスマンが座っている。ソンユニヒョンが大学生になってから何度も1人で往復したこのバスだが、実家へ帰るときは心が軽くなっているのが常であったのに。今は相談を抱えて向かうときのように心が重い。
最寄り駅についてすぐ、実家より先にソンユニヒョンの家を訪ねた。出迎えてくれたのはヌナと姪っ子ちゃんだった。
「わたしも分からないのよ。全部1人で進めてたみたいで。心配かけてごめんね。」
「いえ・・・ヌナは家族だしもっとお辛いでしょう?」
何か証拠を残していないかと部屋をのぞいてみたが、一人暮らしの部屋と同じく殺風景で、壁のカレンダーは3年前で止まっていた。クローゼットの制服からは懐かしい香りがした。
机の上の棚にはトロフィーや盾と並んで、中学・高校と一緒にリレーで優勝した際の集合写真が飾られている。こんなに幸せそうに笑うソンユニヒョンに抱えているものがあるなんて、どうしても信じられなかった。だからこそ、"事件"説を捨てきれないのだ。

チェ家を後にしたその足は自然と小学校へ向かっていた。悩みなんて何もなかったあの頃を思い出す。登下校を共にして、日が暮れるまで公園で遊んでいた。わずかなおこづかいを握りしめて駆け込んだ駄菓子屋さんがこの角にあって・・・。
卒業式はソンユニヒョンより泣きじゃくって困らせた。中学の制服に身を包んだソンユニヒョンは一気に大人っぽくなったみたいで、2年の差がとても悔しくてもどかしかったのを覚えている。
「あ・・・ここ。」
中学校と小学校への別れ道。部活帰りのソンユニヒョンを何度も待ち伏せして、一緒に入ったトッポギ屋さん。
中学に上がってすぐの体力テストで学年一のタイムを出したときは、"ソンユニヒョンは1年のとき俺より0.15速かったんだよ"なんて周囲に自慢したっけ。陸上部のエースで、後輩からの人気も高かったソンユニヒョンと幼馴染なことが何だかとっても誇らしかった。彼女が出来ても俺と遊んでるヒョンに、ヌナ達が呆れていたっけな。
高校行きのバスがタイミング良く通り過ぎていった。
バス停横の公園はあの日カミングアウトした場所だ。ソンユニヒョンは軽蔑しないどころか、いつだって俺の味方になってくれた。危険を顧みず、俺を手酷く扱った男に殴りかかりに行こうとしたこともあった。ヒョンが走れなくなるのが嫌だったから、必死に止めたのを覚えている。あんなに怒ったヒョンはあれが最初で最後だったかもしれない。あれからは一目惚れしてもちゃんと人柄も確認するようになった。デヨリヒョンと付き合えているのだって、ソンユニヒョンが背中を押してくれたからだ。これからだって色々と話を聞いて欲しいのに。
「どこにいるの?どこにいったの?なんで急に居なくなったの?何があったの?俺が何か悪いことしたの?ソンユニヒョン・・・戻ってきてよ。」
ベンチに座り、そうつぶやいた。

実家に帰ると、ソファでくつろいでいたヌナが心配そうに声をかけてきた。
「おかえり・・・ってちょっと、その顔どうしたの?やつれてない?」
「ソンユニヒョンがいなくなっちゃった。」
こぼれかけた涙を必死に食い止めて憤りを吐き出した。
「あんた最近やっとまともな彼氏出来たでしょ。」
「何で彼氏?彼女ならできたけど・・・。」
「姉に隠せてるとでも思った?気付いてたわよ。ソンユンにずっと相談してきたんでしょ。」
「いつから・・・?」
「高校生になったあたりからかなぁ。誰にも言ってないから安心して。疲れちゃったんじゃないの、あんたの話聞くの。」
「ありがとう・・・って、何ですかそれ!やっぱり俺のせいだって言うんですか?」
「うーん・・・っていうか、心当たりがないわけじゃないけど、わたしの口から話せないわ。一つの可能性ってくらいだから。」
「憶測で勝手なこと言わないで下さいよ!真剣に悩んでるのに!!ばーか!」
悪態をついて、階段を駆け上がり、自室のベッドに飛び込んだ。ヌナのせいでもっとこんがらがってしまった。枕に顔を押しつけて、子供みたいに手足をバタバタさせた。
ー・・・その日の夢は、無邪気に笑い合い公園を駆け回る幼いころの記憶だった。


***

長くなったので分けました。
ヌナの裏設定・・・女子誰もが通る道、○んぴくで色々読んでた多感な時期に、ネタになるかなーと観察してたら気付いてしまった感じです。
2021.03.21


Copyright (c) XXX All Rights Reserved.
inserted by FC2 system