05 ♪Here I Am Again/Yerin Baek


「チャンジュナ・・・チャンジュナ!」
「はい!?」
「講義終わったぞ。午後の講義まで時間あるし、前話してたトッポギ屋さん行くか?」
出席をとったところまでしか記憶が無かった。ここのところずっとそうだった。講義を聴いているつもりでも、心ここにあらずでいつの間にか終わっているのだ。
「トッピング何にする?チーズ?」
「何でも・・・あ、いえ!はい、チーズと辛さも追加で。」
「おっけー、注文してくるから先座ってて。」
店内を見回して、通りがよく見える席に腰を下ろした。ソンユニヒョンがいなくなってからの日課の一つ、ひたすらに道行く人を眺めるのだ。どこかに居ないかと、1ミリの期待を抱きながら。
「はい。熱いから気をつけて。」
「ありがとうございます。わぁ~美味しそうですね!」
デヨリヒョンを心配させまいと、努めて明るく振る舞った。それでも、一口トッポギを頬張ると目頭が熱くなる。
「どうした?辛すぎたか?」
「いえ・・・ただ・・・ソンユニヒョンが好きそうな味だなぁって。」
「あー・・・確かに。でもあんまり思い詰めるなよ。」
そう言って頭を撫でてくれるデヨリヒョンに、小さくうなずいた。こんなに素敵な恋人がいて、幸せ真っ最中なはずなのに。どうしてこんなにも、どこに居ても何をしていてもちらつくのだろうか。

10月に入って、それはスランプという形で現れた。100M、200Mのタイムは伸び悩んでいたし、普段なら絶対にしないバトンミスまで多発した。
「俺は長距離だから・・・力になってやれなくてごめん。」
「いえ、今までも何度もあったので大丈夫ですよ。」
違う・・・違うんです、デヨリヒョン。スランプ自体は問題じゃないんです。
チャンジュンは心の中でそう答えた。元々本番には強くても、普段はムラがあって、調子が出ないのは一度や二度ではなかった。その度にチャンジュンは、メンタルコーチでもトレーナーでもなく、ソンユニヒョンに会いに行った。ただ、一緒に走るだけで良かった。
『おー本当に遅くなったね。』
何秒も先にゴールするソンユニヒョンに笑いながらそう言われて、"負けるもんか"って思うだけで十分だった。数回走れば、ソンユニヒョンの背中は確実に近くなっている。感覚が戻っている証拠だった。
・・・だから今、専門が違うからデヨリヒョンじゃダメだという訳ではなく、原因でも解決方法でもあるソンユニヒョンが居ないことが問題なのだ。ソンユニヒョンが埋めていた穴の大きさは思ったよりもずっと大きくて、チャンジュンは迷子の子供のような心細さを感じていた。

「相変わらずソンユンオッパから返事ないんだね。」
頭にタオルを被り、階段に座り込み、既読のつかないカトクの画面を見つめていると、後ろからウォニが声をかけてきた。
「調子悪いのもそのせい、だよね?講義中も上の空でしょ。」
「あー・・・うん。スランプの時はいつもソンユニヒョンと走れば元通りになるんだけど。会いたい・・・。」
「チャンジュナ・・・あんたにとってソンユンオッパって結局何なの?幼馴染?お兄さん?お悩み相談所?居場所つきとめて会ってどうしたいの?」
「大事なヒョンだよ!どうしたいって・・・何で黙って消えたのか知りたいんだよ。」
「あんたから離れたかったからだとしたら?オッパがそれを望んでないとしたら?」
「どういう意味だよ。ヌナも似たようなこと言ってたけど・・・俺のことが嫌いになったってこと?」
「その逆でしょ。嫌いになれるならまだ救いがあるよ。」
ウォニの言ってることがさっぱり分からない。嫌いになったわけじゃないなら何?逆って何?
「好きな人に恋愛相談をされたり、好きな人に彼女が出来た経験あるでしょ?」
「そりゃ何度もあるよ。」
「耐えられる?変わらず側に居られる?心から応援できる?」
「無理。だからいつもソンユニヒョンに聞いてもらってた。」
「ソンユンオッパも同じ気持ちだったとしたら?ずっと心の奥底に仕舞い込んでいたんだとしたら?ああもう!言わないつもりだったのに!何で分かんないの?あんなにも・・・こんなにも想われてるくせに!中途半端な気持ちで会いに行ったって、オッパを傷つけるだけだよ。オッパは、チャンジュナ、あんたのことが好きなんだよ。」
ウォニが俺を睨み付けて大きくため息をついた。震えているのが分かった。
「冗談じゃ・・・ないみたいだね。でもそんなそぶり一度も・・・。」
「必死に隠してきたんでしょ。わたしだって本当にたまたま気付いたんだもん。ほら。」
そう言って見せてきたのは、スタディールームで寝ている俺の頭に手を置くソンユンヒョンの写真だった。その優しい笑顔は、俺にとっては懐かしくも珍しいものではなかった。
「ふーん、そっか。驚かないんだ。悔しいなぁ。こんな表情、あんた以外には見せてないはずだよ。オッパが誰とも本気で恋愛しないのは、心に決めた人がすでに居たから・・・一番の席はすでに埋まっていたからなんだよ。それが、あんたなの。わかった?」
「わかっ・・・た・・・けどそれじゃ俺は今まで・・・」
今まで・・・どれだけ苦しめてきたんだろう?俺の行動すべてがソンユニヒョンにとっては・・・そんな。そんなの悲しすぎる。
「ごめん。責めるつもりはないよ。チャンジュンは何も悪くないし、どうしようもないことってあるでしょう。チャンジュンがデヨルオッパと幸せに過ごしていたら、伝えるつもりなんてなかったんだよ。ソンユンオッパの意思を尊重したかったから。でも・・・あんたどんどん沈んでいくんだもん。見てられないよ。これじゃあソンユンオッパが何のためにキューピッドになったか分からないじゃん。今一番会いたいのは誰?側に居て欲しいのは誰?心を揺さぶるのは誰?本当は、気付いてるんじゃないの?」
「あれ、おかしいね。全部ソンユニヒョンだ。いつの間にこんな・・・どうしよう・・・。」
「どうするのがいいか、どうしたいのか、よく考えてみて。」

会いたいときに会える距離にいてくれることが当たり前だと思ってた。ソンユニヒョンがいなくなる日が来るなんて夢にも思わなかった。俺が俺でいられるのは、地に足をつけて生きていられるのは、ソンユニヒョンのお陰だったんだね。
小さい頃から誰よりも近くにいたから、ソンユニヒョンへの気持ちに名前をつけようなんて考えたこともなかった。好きとか嫌いとかそんな次元じゃないんだ。恋なんて可愛い気持ちでもないんだ。だって俺から勝手に離れていくことが許せないんだよ。俺のことをいつでも優先して欲しいんだよ。"何で一人で完結させたの?""振り向かせようと頑張ってくれなかったの?"なんて自分勝手なことまで思ってるんだよ。こんなのもう手遅れでしょう?これを愛と呼ばずになんと呼ぶって言うの?こんな形で自覚するなんて馬鹿だと自分でも思うけど。
「ソンユニヒョン、どうしようもなく恋しいよ。愛してるよ。」
一度口にすれば、それはすっと身体になじんだ。暗闇の中で、やっと見つけた一筋の光のように、俺の心は少しだけ明るくなった。


ソンユニヒョンに会いに行く前に、もう一つ清算しなければならないことがあった。100日になる前にちゃんと伝えなければ。
「デヨリヒョン。他に好きな人ができたんです。俺と別れて下さい。」
部活後に引き留めて、頭を下げてそう伝えた。ソンユニヒョンへの気持ちに気づいてしまった今、関係を続けることはできない。
「うん。わかった。別れよう。」
「自分勝手で本当にごめんなさい。」
「謝らなくて良いよ。大丈夫。分かってたよ。好きな人ってソンユンだろう?」
「え・・・。」
「それに"好きな人が出来た"っていうよりは"ずっと好きだったことにやっと気付いた"が正しいだろう?」
「そうです。」
「ソンユンがいなくなってから目に見えて元気をなくしていくから心配してたんだよ。俺じゃダメみたいだったし。連絡ついたのか?」
「まだです。でも絶対に探し出します。こんなに巻き込んで迷惑かけておいて諦めるなんてあり得ないでしょう?」
「そっか。俺の方でも何か分かったら教えるね。」
「ありがとうございます。あと・・・厚かましいお願いだって分かってるんですけど、これからもこんな後輩と仲良くしてくれると嬉しいです。」
「もちろん。チャンジュンはずっと可愛い後輩だよ。」
こんなはずじゃなかった。こんなに優しい人を傷つけることになるなんて。傷ついてばかりだった、一方通行でしかなかった俺の想いが初めて通じた相手だったのに。確かに幸せだったのに。俺への想いに蓋をして、ソンユニヒョンが太鼓判を押してくれた人だったのに。
―どうか、別の人と幸せになって下さい。
口に出すのははばかれたから、去って行く背中を見守りながらそっと祈った。

好きな人を傷つけるのは、これが最後だ。今もまだどこかで張り裂けそうな想いと闘うソンユニヒョンを、救い出しに行くよ。
もう見失わないよ。どんなに突き放そうとしたって、消えようとしたって、世界のどこにいたって、探しに行くから。
俺の心を受け取ってくれるまで絶対に離さないよ。


***

ついに気付いたソンユニヒョンへの気持ち。ウォニちゃんマジ良い子。
デヨリヒョンにもちゃんと救いを用意しているので今は一旦ごめんなさい。
2021.03.23


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